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少しして、ヴィクターは口を開いた。
「そうだ。……来るか?」
またまた茶化して~、と言おうと思ったがやめておいた。ヴィクターの瞳は真剣なそのものだった。
「本気なの?」
「ああ」
嘘でしょ……。私、ラヴァール国に嫁ぐってこと?
こんな展開全く予想してなかった。もっと呑気に散歩しようと思っていたのに……。
真っ直ぐ私を見つめるヴィクターの視線に私は「どうして」と擦れた声を出した。
ヴィクターが私のことを嫁にしたいと思う理由が全く分からない。
「お前は皇后の器だ」
「……私の素質を見込んで、嫁に来てほしいということですか?」
「そういうことだ」
「まだ国王になることが確定ではないのに?」
「国王の座など関係なしにお前には俺の隣にいてほしい」
そういえば、昔ヴィクターにそんなようなことを言われたことがあるわね。
というか、ヴィクターの話が一貫していない。私の皇后としての素質を見込んでいるのに、国王の座が関係ないって。……どういうこと?
ヴィクターの考えていることが分からない。めちゃくちゃじゃない。
けど、どれだけ言われても私には揺るぎない想いがある。
「素敵なお誘いだけど、私の隣はもう決まっているの」
私は口角を上げて、彼の目を見つめながら確かな声でそう言った。
良い誘いだけど、私の心はデューク様の元にある。これは決して変えられない。
「知ってるさ。…………あ~あ、お前、こんな千載一遇のチャンス逃すのかよ。馬鹿な女だな」
小さくボソッと呟いた後に、ヴィクターは明るい声でそう言った。一瞬だけだけど、ヴィクターは凄く寂しそうな表情をしていたように見えた。
「そもそも、私のこと好きじゃないのによく結婚しようなんて思えるわね」
「王族っていうのはそういうもんだろ」
「やっぱり楽しくなさそうね。王族って」
「そうだな。……良いことといえば、圧倒的な権力を持っているってことぐらいじゃないか?」
「なんか嫌だわ」
私は目を細めて、軽蔑するようにヴィクターを見た。彼は「嘘だよ」とまた豪快に笑う。
そして、近況や他愛もない話を少しの間して、私は部屋へと戻った。
久しぶりに穏やかな良い時間を過ごしたわ。今夜はよく眠れそう。
「本当にお前は不器用だな」
庭園に一人残されたヴィクターの元へとヴィアンが現れる。
ヴィアンを横目で確認した後、ヴィクターは「うるせぇ」と返す。
「アリシアを好きならちゃんと愛を伝えないと」
「そんなんじゃねえんだよ」
ヴィアンはヴィクターを見つめながら、小さくため息をつく。
ヴィクターにとっては初めての失恋だ。だが、彼にはその自覚はない。ただ、アリシアに対してどこか寂しく切ない気持ちが残っているだけだ。
「あいつには厄介な王子がいるからな」
ヴィクターが口を開く。
「引き抜き失敗ね」
ヴィアンはそう言って優しく微笑んだ。いつもならヴィクターは反抗するところだが、今夜は違った。
「そうだな」
その声は静かに夜空に響いた。




