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「デュルキス国は魔法を持つ国だろ? 洗脳魔法なんてされてみろ。一気に世界を支配してしまう。そんなアンフェアなことないだろ。だから、世界の均衡が保たれるためにもデュルキス国以外の国の王族は魔法に対しての耐性があるんじゃないか?」
確かにヴィクターの言っている通りかもしれないわね。納得がいく。
脳や心に影響を与えるような魔法は効果がないのかもしれない。そんなのデュルキス国が無双してしまって、他国は極秘情報なんて扱えない。
「記憶を安易に操作されないようにはされているかもしれないわね……」
「だろ?」
ヴィクターはドヤ顔を私に向ける。
……なんかムカつくわね。
「ラヴァール国も色々と秘密が多そうだものね。……特に貴族絡みは」
「クシャナの件はもう調査しているわ。……彼女の行方は分からないけれど」
少しバツが悪そうに答えるヴィアンに私は微笑んだ。
「そのうちヴィヴィアンの前に現れるかもね」
「森の話はもういい。……デュルキス国から人が来る。それも正式にだ」
ヴィクターは急に話を変えた。
私はヴィクターの言葉に目を丸くした。どういう理由で? と 誰が? という疑問が頭の中に浮かぶ。ヴィクターは私の反応を確かめるように、私をじっと見つめている。。
そもそも、あの鎖国状態に近いデュルキス国が人を送るなんて……。外交しようとしてるの?
そんな先駆者になれるような人物、デュルキス国に…………、一人いるわね。
「ジル、というガキだ」
私が一人脳内で思い浮かべた人の名をヴィクターは口にした。
思わず笑みがこぼれてしまう。
ジル、貴方、いつの間にそんなに成長したのよ。貧困村からの大出世ね。いつかジルが世界に羽ばたくために全力で支えると誓ったけれど、貴方は自力で飛んで行ってしまうのね。
すごいわね、ジル、と私は心の中でジルに賛美を送った。
「知ってるのか?」
「ええ」
私は誇らしげに口角を上げた。
「そいつが斑点病の治療薬を作ったようだ。……嘘だと思っていたが、お前の知り合いとなれば、あり得ない話でもないな」
「話を聞く限りその子はまだ若いんでしょ?」
「若いなんてもんじゃねえ。十二歳のガキだ。信じられないだろ? 俺も最初その話を聞いた時は耳を疑ったさ」
「十二歳……。凄いわね」
ヴィクターとヴィアンがジルの話をしているなんて嬉しいわ。
私は彼の情報を付け足した。
「ジルはデュルキス国の貧困層出身の子です」
「はぁ!?」
「何ですって!?」
ヴィクターとヴィアンの大きな声が重なる。
「貧困層から……。じゃあ、マナーも知らねえガキが来るのか?」
「大丈夫です。マナーは私がしっかりと叩き込んだので」
「随分と親しいのね……」
ヴィアンが驚いたままの様子で私に向かってそう言った。
「貧困村から彼を引き抜いたのは私なので。私が十歳の頃だから……あれからもう六年も経つのね」
「ちょ、は? じゅ、さい?」
「……もう私は驚かないわよ」
ヴィクターが口を開けている横で、ヴィアンは何か悟ったように冷静になっていた。
私は「はい、十歳です」とヴィクターに向かってはっきりと返答した。
「ダメだ、パンクする。なにもかもの情報に脳が追いつかねえ」
「アリシアは違う世界の人間だと思った方がいいよ」
ヴィアンはにこやかにそう言って、紅茶をすする。
一人だけ優雅ね。ヴィクターは隣で頭を抱えているというのに。
「天才は天才を見つけるんだな」
「脅威となるのは、デュルキス国じゃなくてアリシアかもね」
ヴィクターの言葉にヴィアンがそう付け足した。
リズさんっていう聖女という無敵な存在がいるってことは黙っておこう。




