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私はドレスを着て、鏡の前に立つ。
まるでこのラヴァール国のプリンセスだわ。もう令嬢じゃなくなってしまったのに。……髪、伸びてきたわね。
「おい、まだか!?」
私が毛先をいじっていると、部屋の外からヴィクターの少しイラついた声が聞こえてきた。
これでもかなり急いで着替えた方なのよ。もう少しゆっくり用意させてくれてもいいじゃない。命でも狙われているの?
「女の準備ってどうしてこんなにも長いんだ? あいつが俺の隊に所属していた時はもっと準備早かっただろ」
「……あんたって本当に馬鹿ね」
本当にその通り。
私はヴィアンの言葉に頷きながら、もう一度扉を開けた。
「お待たせいたしました」
「待ち過ぎた…………って、なんだその恰好!?」
「やっぱり似合っているわ!」
驚くヴィクターとは反対にヴィアンが顔を輝かせる。いつもの口調になっているヴィアンに私は「ありがとう」と笑顔を作った。
……やっぱりヴィアンが用意したものだったのね。サイズぴったしだし。
前に一緒におめかしして街へ出た時の私のドレスのサイズを覚えていたのだろう。
こんな豪華なドレスを着れるのはすごく有難いのだけれど、あまりにもキラキラしすぎている。ただのお茶会なのに、舞踏会に行くみたいになっていない?
それにお茶会って言っても、ガールズトークとは程遠い内容なのよね……。
「派手過ぎねえか? 王に謁見でもするのか?」
「いつでも着飾っていいじゃない。良いドレスは姿勢を正してくれるのよ」
「……その喋り方に戻ったら戻ったでうぜえな。それになんだその意味不明な理論」
「王子には分からないと思いますよ」
私は冷たくそう言い放って、足を進めた。
部下だった時の癖が抜けず、敬語になってしまう。ヴィアンに対してはため口なのに……。まぁ、いいわよね。ヴィクターも気にしてなさそうだし!
私たちは庭園へと向かった。屋根のある丸く白いガーデンテーブルにマカロンが並べられていた。思わず目を光らせてしまう。王宮の高級マカロン!
「めちゃくちゃお腹減ってたのよね」
私は二人に囲まれるように席に着いた。
「空腹の時にはもっと栄養価高い方が良くないか?」
「ご存知ないと思いますが、私の体は八割マカロンで出来ているんです」
「へぇ、すげぇ」
物凄く興味なさそうにヴィクターはそう呟く。
殴ろうかしら。……ダメよ、いくら憎たらしいと言っても一国の王子なんだから。
私は手が出そうな衝動をなんとか理性で抑えた。そして、ヴィアンが森での話を始めた。




