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キイからクシャナのために魔力をもらったんだもの。
精一杯活用させてもらうわ!
私は朦朧とする意識の中で、力を振り絞る。
自分の人生を歩むクシャナの背中を押したい。女王だった自分はクシャナと私の中だけにあればいい。
後少し…………。今日が終われば、丸三日ぐらいは寝かせてもらおう。それぐらいの力を使っている。気力も体力も魔力もよく持っている。
私は自分で自分に感心しながら、クシャナの方を見た。
「ようやく何者でもない私になれる」
紫のオーラに包まれながら、クシャナはそう言って嬉しそうに微笑んだ。
私は彼女のその表情を見た瞬間、これが彼女が心の底から願っていた姿なのだと思った。
誰もクシャナという人間を知らない森で過ごしてみたかったのだろう。彼女がこの後、どう過ごしていくかは知らない。けど、女王としての責任から解放されるのは確かだ。
「アリシア、お前に出会えて良かった。ありがとう」
クシャナはそう言って、私は最期にクシャナを覚えているふりをして「私もよ」と口角を上げた。
そう言った瞬間、紫色の光が森から消えた。
…………終わった。
これで、きっとここの森の民の記憶からクシャナを消せたはず。
その場に崩れ落ちそうになったが、必死に立ち続けながらクシャナを見つめた。
シャルルという人間を探すのか、それとも、自分の出生を明らかにするのか、もしかしたら、森で密かに暮らしているかもしれない。
今のクシャナには、どの選択もできる。
老婆の件で、ずっと自責の念に押し潰されて前に進めなくなるよりずっと良い。
私はフゥッと息を吐く。ようやくこの緊張感から解放されるわ。
白雪姫と七人の小人みたいな図だったのに、肝心の白雪姫がいなくなってしまったわね。
私は視線を少しだけレオンとライ、そして、クシャナの信者たちの方を見る。……彼らの中からクシャナが消えてしまうってどんな感覚なのかしら。
驚きつつ不審な表情をしながら、クシャナを見る。貴女のこと知らないっていう顔をしとかないといけない。
「シャナだ」
クシャナは私に手を差し出して、そう名乗った。
シャナ、私は心の中で彼女の名を呟いた。彼女の新しい名を私の中に落とし込む。
「アリシアよ」
私は彼女の手を握った。クシャナは私の手をグッと引き、私の耳元で囁いた。
「すまない。つらい役目を押し付けてしまったな」
「……え」
私が目を見開いたのと同時に、彼女は手を離す。
どういうこと……。もしかして、クシャナは私がクシャナのことを覚えていることに気付いている?
クシャナならあり得る……。クシャナを忘れたことを演じている私を見抜いているかもしれないわ。
「ああ、そうだ。彼らのことはドレミファソラシで覚えればいい」
クシャナはそれだけ言って、ピューッと口笛を吹く。どこからか、何か大きな動物がここへと来る音が聞こえる。
ドレミファソラシ? 一体何の話?
クシャナの発言に困惑している間に、大きく立派な馬が目の前に現れた。
獰猛そうに見えるけど、クシャナに見事に従っている。……森の民からの記憶は消えても、クシャナはやはり森の女王ね。
颯爽と馬に跨るクシャナに私は軽くお辞儀をした。品性を持って、美しく別れたい。
「お気を付けて、シャナ」
私は新しい彼女の名を呼んだ。
「元気でアリシア」
クシャナが馬を走らせようとしたのと同時に私は思わず「ねぇ」と声をかけた。
迷いなく前を向く彼女にもう少し私を見ていてほしかったのかもしれない。
私はクシャナに向かって心からの賛辞を述べた。
「貴女、最高だったわ」
満面の笑みを浮かべる私にクシャナはただ嬉しそうに微笑んだ。
最高の女王、と言おうか迷ったけれど、誰が聞いているか分からないからやめておいた。
馬を走らせ、この森を駆けていくクシャナを見つめながら、私は彼女の幸せを祈った。一瞬にして、彼女の姿は見えなくなった。
絶対に忘れやしない。私だけが覚えているわ。クシャナの進む道が光に照らされていますように……。
今度会えたら、絶対に私の作る部隊にクシャナを入れるんだから!
それまでに、胸を張ってクシャナを勧誘できるような最強部隊を作り上げておかないと!!
私はそう意気込みながら、私もただのアリシアになったことを思い出した。
ウィリアムズ・アリシアからアリシアになったのだから、私も実質クシャナと同じような立場よね?
私の場合は皆の記憶の中に残ってるけれど……。
…………まって、デューク様!! それにヴィクターも!!
この森全体にしか魔法をかけていないから、デューク様とヴィクターはクシャナのことを覚えているだろう。
ああ、彼らの存在をすっかり失念していたわ。
まぁ、あの二人なら大丈夫よね。クシャナのことを覚えていたとして、干渉しなさそうだし……。




