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シーナやリガル、この森のみんなに別れの挨拶をした方がいいのかしら……。
私はそんなことを思いながら、クシャナの返答を待った。
「私がいなくなった後、この森は」
「心配しないで」
私はクシャナの言葉に被せるように声を発した。
「クシャナがいなくなっても、シーナがいるじゃない。それに、私も全力を尽くすつもりよ。それに、今日はラヴァール国の第一王子つき」
「……あの王子か」
「悪い人じゃないわよ」
クシャナの顔が歪んだので、フォローを入れておいた。
ヴィアンは悪い人じゃないけれど、この森の復興に手を貸してくれるかはまた別問題だ。……まぁ、私が頼めば、大丈夫よね。有無を言わせず、手伝わせるわ!
クシャナは目を瞑り、大きく息を吸った。何を考えているのか分からないけれど、きっと覚悟を持とうとしているのだろう。
これまで森の女王として君臨してきた歴史を消されるわけなのだから……。
私だったら、絶対に嫌だわ。
けど、クシャナは歴史に残る女王になることを望んでいるわけじゃないものね。
「……大変ね、クシャナ」
「何がだ?」
クシャナは私の言葉に反応して、薄く目を開き私を見る。
「貴女はこれから先、ずっと自分と戦っていかなければならないじゃない。過去に貴女を支えてくれたものを失うのだから……」
「不思議と怖くないものだな。むしろワクワクしている」
「ワクワク?」
「最初から何もなかったんだ。だが、この森と民のおかげで私はここまでこれた。……また、最初に戻るだけだ」
……何も持たなかった最初に戻ることほど怖いことはない。
もう一度築き上げればいい。そう思えるのはとても素敵なことだけど、心の底では恐怖を抱いているに違いない。
それを興奮で覆えるクシャナは本当に強い人ね。流石女王様だわ。
私は小さく息を吸って、心を落ち着かせた。
「森の民たちの記憶から、クシャナが女王だった記憶を消すわね」
「アリシアも私のことを忘れるんだったな」
「ええ、そうよ」
私は笑顔を作った。声が震えていないか少し心配だったが、きっと気丈に振舞えているはず。
「嫌になったら、自分との戦いからいくらだって逃げて良いのよ」
クシャナは少しの間、きょとんとした後に、声を出して笑った。
「アリシアの口から『逃げ』なんて言葉が出てくるとはな」
「私はただ!」
「ああ、人から忘れられるのはつらいものだ」
私が反論しようとすると、クシャナは私が言いたいことは分かっている、という風にそう言った。
彼女が決めたことだ。口出しするのはやめないと……。
それなのに、彼女がいなくなってしまうことが寂しくてたまらなかった。
ラヴァール国で「森の女王」という存在に会うなど想像もしていなかった。素晴らしい出会いだったわ。
私も貴女を忘れられる魔法があれば良かったのに。……いや、そんなものがなくて良かったのかもしれないわね。
「またいつかどこかで」
「私から声をかけるよ、アリシア」
クシャナの柔らかい声に目頭が熱くなる。必死に涙を抑えた。
泣かないわよ、私。笑顔でクシャナを見送るのよ。
私はゆっくりと彼女に魔法をかけ始めた。とっくに魔力の限界を超えているけれど、私は魔法に集中した。森全体に私の魔力が広がる。紫の光が一体を覆っていく。
これほど広範囲にわたる魔法を使うのは初めてだ。今日だけで、かなり初めてのことに挑戦している。
「一体、何が……」
ヴィアンの声が微かに聞こえた。それと同時に、私は深呼吸する。
絶対に成功させないと……!




