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「危ない!」
誰かの高い叫び声が聞こえた。叫んだ女性の視線の先を見る。
小さな女の子の上にある真っ黒に焦げた大きな木の枝が今にも落ちかかっていた。
まずい、と私は咄嗟に彼女の元へと駆けていた。
さっきのパーティーで私に声をかけてきた姉妹の妹の方だ。グラッと枝が落ちた瞬間に、私は彼女の体を覆うようにして抱きかかえた。
ゴンッと枝が当たる音が聞こえた。それと同時に、背中に鈍痛が走る。声にならないその痛みに私は下唇をグッと噛みしめた。
……痛すぎ。
今日はもう痛みという痛みを経験したわ。
意識が朦朧としてくる。私は小さな女の子を握る力を強めた。「おねえちゃん!」という可愛らしい声が耳に響く。
私、この森でよく気絶しかけてない? 前回もデューク様に助けてもらったし……。
デューク様、会いたいわ。
私がそんなことを想った瞬間、「アリシア!」と男性の声が聞こえた。
……男だ。これはどう考えてもクシャナの声ではない。
私は微かに開いた目で、その人物を確認する。
「……ヴィヴィアン?」
私はその名を呼んだ。
どうしてこんなところに……。それにその後ろには……、おじい様!?
デュルキス国の三賢者とラヴァール国の第一王子がなぜここに?
そんなに心配した顔をしなくても、私はこんなことで死んだりなんてしないわ。
失いそうになった意識がなんとか保たれた。驚きって凄いわね、意識を取り戻してくれるんだもの。
ヴィアンがここにいるってことは、ヴィクターも? と思ったが、どうやら彼はここにはいないようだ。
「誰だ、お前は」
私の元へと駆け寄ってくるヴィアンに対して、クシャナは私を守るようにして私の前に立った。
彼は敵じゃない、と言おうと体を動かそうと思ったが、全身に痛みが走る。
……頭まで痛い。
目に血が流れてくる。……頭も打ったのね。この太い枝、かなりの攻撃力ね。それに、さっきまで炎の中にあった枝だ、当たったところがヒリヒリと痛む。どうやら、火傷までしたようだ。
「俺のことを知らないのか?」
急に空気がピリッと張り詰める。私は心の中で盛大にため息をついた。
お二人で睨み合う前に、満身創痍の私を先に保護してほしいわ。
みんな、私のこと不死身かなにかだと思ってる?
「おねえちゃん! しっかりして! 大丈夫!?」
私の腕に抱えられていた女の子が、私の腕から抜け出て、倒れている私を必死に揺らす。
ああ、揺らさないで。傷口と打撲が痛むわ。
そんなことを思いながら、私は笑顔を作った。
「ええ、大丈夫よ。怪我は?」
私はゆっくりと片手をあげて、彼女の頬に触れた。
「だ、いじょ、うぶだよ。おねちゃ、ん! 血が出でりゅ、よ」
女の子は必死に瞳に涙を溜めながら、震えた声を出す。




