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水魔法なんて使ったことないけれど、本では読んだことはある。
知識って大切だわ。絶対に使わないだろって思うような知識でも役に立つことがある。無駄な知識なんて一つもないんだから。
そんな浅はかな女じゃないのよ、私は!!
魔力に強く力を込める。青色のオーラのようなものがその場を包み込む。水魔法をコントロールしながら、鎮火していく。広大に燃え広がっていた火がゆっくりと消えていく。
煙を大量に吸い込んでしまったせいで、私も息が苦しい。
咳き込みながらも、これ以上被害が出ないようにと必死に炎を抑えていく。咳が出るのと同時に刺し傷が痛むが、今は我慢しなければならない。
こんな技術力の高い魔法は、気を抜けば一気に失敗する。
……踏ん張りどころよ、アリシア。
「これは……、なんてことだ……」
クシャナの驚いた顔が私の方へと向くのが分かった。さっきまで泣き叫んでいた者たちも、消えていく火を目を見開いて見つめている。
感心してくれるのは嬉しいのだけど、かなり限界なのよね。
痛みで顔が歪むのが自分でも分かる。……ああ、こんなの一生分のマカロンを貰わないとわりに合わない仕事だわ。
「もうこれ以上は……」
私はフッと力を緩めた。
あまりの脱力感に動けない。かなりの体力と気力を使った。ほとんど火は消えていたが、まだ少し残っている。
あれがまた大きく広がったりでもしたら…………。
そんなこと考えていると、遠くから声が聞こえた。
「俺達の居場所を守るぞ!!」
「早く水を持ってきて!」
「怪我人を見つけろ!」
水をたんまりと含んだ大きな容器を村人たちが運んできた。自分の村を守るために、必死に残りの火たちを消している。
私はその様子に心が打たれた。自分たちの場所を守るのは至極当然のことだ。
だが、民たちにその心を持たせたのは、紛れもなくクシャナの力だろう。彼女は、女王になるために生まれてきたのかもしれない。
そう思えるほど、彼女がここで維持してきた豊かさが目に見えて分かった。
本当に間一髪だった。あの瞬間に水魔法を使えていなかったら、私たちは命を落としていただろう。
それに、ここまで消えてくれて助かった。……私ってば、魔法の才能大ありね!
魔法については誰も褒めてくれないだろうから、自画自賛しておく。
「重症者を優先してくださいっ。こちらで診ます!」
「まだ火が残っていないか、くまなく見ろ!」
様々な声が飛び交う。
こんなにも凄惨な光景なのに、皆もう涙を拭いて、積極的に動いている。大切な家や宝物を失った人も多いだろう。だが、「今」生きている人間を救おうと必死に動いている。
……ねぇ、クシャナ。
貴女が守ってきたものはとても温かく美しいのね。
一瞬で色々なものが燃えてなくなってしまったけれど、彼らなら立ち直ることができる。
悲観的になってしまう状況だけど、もう前を向いているのだもの。
焦げ臭さだけが充満する中、私はクシャナに対しての想いを小さく呟いた。
「脱帽だわ」




