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どんどん炎が広がっていく。
息が苦しくなっていく中、私は体が動かなかった。
貧困村へと訪れた時に、ジルを助けられなかった時に似ている。何もできない。ただ、自分の無力さを痛感したあの日と全く一緒だ。
……デューク様の水魔法さえあれば。
私の魔法ではこの火を一瞬にして消せる力などない。……ただ指をくわえてこの状況を見ておくだけ?
もし、私が聖女だったら、と思った。
私が聖女だったら、こんな風に燃え盛っている村を一瞬にして救えたのかもしれない。
ボウッと音を立てて、火が次から次へと木に移る。そんな中、火の中で果敢に人々を助けるクシャナの姿が目に入った。
逃げていく村人に対して、逆走している。着飾った美しい衣裳はもはやボロボロで、髪も乱れている。
だが、そんなことを構っている様子は一切ない。
小さな子どもたちを「もう大丈夫だ」と抱きかかえて、安全な場所へと避難させている。
……魔法を持たない彼女が身を挺して民を守っているのよ。
それなのに、私は何もしないの?
私はバンッと両手で顔を挟むように自分の両頬を叩いた。
何を呑気に突っ立てるのよ、アリシア。ぼ―ッとしている時間なんてないのよ。
あの時、ジルを助けなくて動けなかった私はもういないはずよ。
「行くわよ」
私は気を引き締めて炎に包まれたパーティー会場へと突っ込んだ。
地面に転がっている水のボトルをあけて、頭から被る。物凄く熱いけれど、これで少しはましになるはず。……少しだけだけど。
私は泣き叫ぶ声の元へと向かい、安全な道へと案内した。逃げ遅れた者の中には老人や親子が多かった。
……これじゃあ、キリがない。
逃げた先にも火が広がれば終わりだ。この絶望的な状況を抜け出すには……。
私は人々を助けながら、必死に頭を回転させた。
…………やっぱり、水魔法。
私は使えない。闇魔法には炎に打ち勝てるような魔法は存在しない。王宮爆破計画も偽の炎だった。本物の炎の中はこんなにも地獄なのね。
諦めるしかないのかしら……。
そう思った瞬間、クシャナと目があった。
クシャナのその目は私に恥辱を与えた。その強くて真っ直ぐな瞳は女王そのものだと思った。
彼女は少しも諦めてなどいなかった。この救いようのない中でも、必死に戦っていた。
……恥ずかしい。
少しでも「諦める」なんて思った自分が恥ずかしくて仕方なかった。
そんな言葉、悪女は知らないのよ。
追い詰めれば追い詰められるほど、輝くんだから……!
私はもう一度気合を入れなおして、火を消す方法を探した。