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彼女は少しして、私の方へと視線を移す。その鋭い目に背筋が凍りそうになった。
…………おばあさんはもっと穏やかな目をしているものでしょ!
私は心の中でそう叫びながら「そうなの?」ともう一度言葉を発した。
「なぜそう思ったんじゃ?」
老婆の低い声に私は冷静を保ちながら「衣裳棚に古語で家名が」と言うと、老婆は目を丸くした。
「お前さん、古語が読めるのか?」
目を見開いたままの彼女に私は「ええ」と頷く。
……古語を読めるってどこでも驚かれるわね。
カハハハッと独特な笑い声を老婆は上げた。クシャナに対する多くの賛美の声に負けないぐらいの笑い声だった。
私たちも喋っていないで「クシャナ女王万歳!」と周り同様に言った方がいいのかも……。
「こりゃ、凄い。生きていりゃ、面白い人間に出会えるものじゃ」
急に老婆の表情が明るくなった。つい、彼女の勢いに押されてしまいそうになる。
「……それで、あの、私の質問の答えを」
「すまぬが、それはわしからは言えん。クシャナに直接聞くがよい。お前さんになら教えるだろう」
「どうしてそこまで隠すの?」
シーナもクシャナから聞けと言う。
クシャナが正当な貴族であるって凄く良いことなのに……。まぁ、どの家庭にも事情はあるだろうから、そこまで詮索しない方が良いのかもしれない。
「ここの民はお高くとまっている貴族連中を嫌っている人が多い。……まぁ、嫌っていなきゃ、こんな森の中で生活などしないわな」
そう言って、また独特な笑い声をあげた。
「なんの話をしているんだ?」
私と老婆が話していると、目の前にクシャナが来ていた。
……間近でみると、物凄い迫力。やっぱり、背が高いっていいわよね。
私は心の隅でまだ背の高さへの羨ましさを感じていた。
「マカロンの話だよ」
……そうだ、マカロン!
彼女に言われて思い出した。
おばあさんとは少しもマカロンの話などしていないけれど……。クシャナの登場も終わったことだし、皆もご飯に手を付け始めているし、私もマカロンを食べてもいいわよね!
「たらふく食べるといい」
クシャナは少し笑いながら、私にそう言った。
なんだかクシャナは大人だなぁ……。
私はそんなことを思いながら、マカロンを口へと運ぶ。サクッと噛むと、口の中で甘い味が広がる。
クシャナが子どもらしい時期など想像できない。昔から、強くて気前のいい性格って感じがする。彼女が「私はリーダーになる!」なんて言わずとも、自然と周りが彼女をリーダーにしたって感じかしら。
「リリバアは喉に詰まらせるなよ」
「わしはそんなやわな老人ではない」
「リリバア?」
私はマカロンを口に詰めながら、クシャナが発した言葉を繰り返した。
「彼女の名はリリー。だからリリバア。私の育ての親みたいなものだ」
クシャナは私に分かりやすいように説明してくれた。
生みの親は? と聞こうと思ったが、やめておいた。またその話は後でいい。今はこのパーティーに浸らないとね。




