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一斉にクシャナの方へと視線が注がれる。
私も彼らと一緒にクシャナの方へと顔を向けた。静寂の中、一人の女性が歩く音だけが聞こえた。
…………なんて美しいのかしら。
そこには「女王」がいた。
私たちの目の前に映っている女性は紛れもなく女王だわ。表情、立ち居振る舞い、全てに威厳があり、誰もが目を奪われた。
私がクシャナを見た中で最も女王らしい服装をしていた。
がっつり化粧をして、上質なドレスにフードのない赤いベルベット生地のマントを身に纏っていた。髪は解かれており、滑らかにウェーブされた髪はとても綺麗だ。前髪だけをとって、後頭部でくくられている。
そして、シンプルな王冠を頭の上に載せている。
誰もが憧憬の眼差しで彼女を見つめていた。私はその様子に涙ぐんでしまいそうになった。
それぐらいこの森の女王の素敵さに心を打たれたのだ。
……これが、私が見たクシャナの最初で最後の女王の姿なのね。
ウィルおじさんに跪いた時のことを思い出す。私も今彼女に跪きたくなった。……悪女は跪かないものだけど、それでも敬意を持つ者に対しては跪く。
「立派に育ったものじゃ」
「ええ。……クシャナが愛される理由が分かるわ」
老婆の言葉に私はそう返した。
「小娘よ」
「はい」
私はおばあさんに「小娘」と呼ばれることをすんなり受け入れて、返事をしていた。
老婆は真っ直ぐクシャナの方を見つめたままだった。彼女は少し涙ぐんでいた。
まるでクシャナが消えることを悟っているかのようにも見えた。…………突然、こんなパーティーを開くなんて、おかしいものね。
クシャナがいつもと違うことは勘付いているのだろう。
老婆はゆっくりと強い口調で話し始めた。
「クシャナを頼んだ。……あの子がどんな道を取ろうとも、わしは責めぬ。だが、お前さんはどうかクシャナにとって頼れる存在になってやってくれぬか。年寄りの願いを聞き入れてはくれぬか」
…………悪女は誰かの願いを聞き入れたりはしない。むしろ、一蹴するものよ。
けれど、私は「そんなのお断りよ」と言えなかった。
おばあさんの願いによって私はクシャナにとって頼れる存在になるわけではない。これは、私の意志よ。
「貴女に言われなくとも分かってるわ」
私はそれだけ言葉を発した。老婆はどこか嬉しそうに「そうか」と呟く。
これほど強くて美しい女王を私は他に知らない。
「ねぇ、おばあさん」
「なんじゃ」
「……クシャナはラヴァール国の貴族の者だったの?」
私の言葉に老婆は難しい顔になり、沈黙が流れた。