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シーナが部屋に入ってくる音で私は目を覚まし、久しぶりに会話をした。
その後、彼女に言われるとおりに体を綺麗にして服に着替えた。前と同様、私の髪を少しつまんで、三つ編みをしてくれる。
全く変わらない彼女の対応に私は安心した。
ベッドに座りながら、私はシーナに髪を梳いてもらっている。
「なんだか外が賑やかね」
私はそう呟く。
きっと、外が賑やかな理由を私が知っていることを彼女は知っている。昨夜、彼女とクシャナはどんな会話をしていたのだろう。
ただパーティーを開きたい、とだけ話したのかしら。それとも、クシャナの想いとか……。
「今日は女王の気まぐれなパーティーだから。……珍しくて、皆張り切っているんですよ」
そう言ったシーナの声は、外から聞こえてくる明るい声と違って随分と悲しそうだった。
もしかしたら、シーナは何か勘付いているのかもしれない。……けれど、私からは何も言えない。
もどかしい気持ちを押し込めながら、「クシャナは?」と聞いた。彼女は私の髪から櫛を離し、朗らかに微笑んだ。
「着替えています」
「着替えてる?」
クシャナからはパッと連想できない言葉に、私は首を傾げてしまう。
いつもの狩りをするような恰好ではないということ?
……ここに礼装があるの?
「あともう少しでパーティーの準備が終わるから、それに合わせて出てくると思います」
時間をかけて準備しているということは、やっぱり正装になっているのかしら。
どんな服装なのか想像できない。
私はチラッと衣裳棚へと視線を向けた。細かく彫られた扉の文字を見つめる。…………やっぱり、ラヴァール国の古語だわ。
私は文字を見つめたまま、 ベッドから腰を上げて、衣裳棚の方へと足を進める。
「どうかなされましたか?」
衣裳棚へと近づく私を止めるかのように、シーナは言葉を発した。
私はその声に彼女の方へと振り向いた。…………教えてくれないかもしれないけれど、直接聞いた方が早いわよね。
「どうして、ここに『クシャナ』って古語が書かれているの? ……どうして、その隣に『グラシャス家』なんて書かれているの? こんな風に家名を彫るのはお金を持つ者よ。それも貴族並みの」
ラヴァール国の貴族の名は知らない。グラシャス家という貴族があるのかどうかも分からない。
だから、私はシーナに思ったままの疑問を口にした。
………………クシャナは森の女王だから、この森で過ごす人々の中で最も偉い。……ラヴァール国の貴族の血が流れている可能性は充分ある。
勝手に私はクシャナを貴族ではないと思っていたけれど、そうではないのかもしれない。
鎌を振り回す令嬢なんて聞いたことはないけれど、私が令嬢を語ることはできないわ。…………剣を振りまわしているんだもの。
「私の口から何も言えません。クシャナがきっと話してくれるでしょう」
……あの女王は私に話してくれるかしら。
シーナは絶対に教えてくれないだろう。口調は穏やかだが、彼女はクシャナ同様、強い芯を持っている。
シーナから聞き出すのは諦めた方が良さそうね。……もう少しこの村とクシャナを観察してから結論付けましょ。
私は小さくため息をついて、この部屋を後にした。




