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「私は……、自由になる覚悟があるだけだ」
ああ、その目。本当に自由になりたいのね。
「分かったわ」
「…………叶えてくれるか?」
「ええ」
私は頷いた。
地平線へと顔を向ける。もう、すっかり太陽は沈んでいて、あたりは真っ暗だった。いつの間にか、多くの星々が天から私たちを覆っていた。
「決めたわ」
私はクシャナの方へと振り向き、手を差し出す。彼女は少し困惑しながらも私の手を取り、立ち上がる。
……やっぱり、背が高い。
私は立ち上がったクシャナを前に、もう一度そう思った。
「何を決めたんだ?」
「明日、この森の民たちとパーティーをしましょう! 動物も呼んで、美味しい料理を食べて、踊るのよ! 貴女は最後の女王を満喫する。……そして、その夜、私はクシャナという存在を民の記憶から消すわ」
明るい声が最後は落ち着いた声になる。
楽しい思いを沢山させて、ラストは記憶を消す。なんて、悪いのかしら。
ただ記憶を消すだけじゃ、私の悪女らしさがないもの。 最高に幸せな時間を過ごさせてからじゃないと!
私はチラッと寝息を立てている象の方へと視線を向ける。
モリスも参加するとなれば、とても大きなパーティーになりそうね。……範囲が。
「いきなりパーティーなんて」
「女王の権限を使えば、簡単でしょ?」
私は口の端を小さく上げる。
「ああ、そうだな。…………マカロンも必要か?」
クシャナは私に笑い返す。
……マカロン!?
私は心の中で思わず大きな声を上げる。……が、表面では冷静に保っていなければならない。
「マカロンを作れるの?」
できるだけ冷静な表情と声で返した。
久しぶりにマカロンが食べたいわ。精神面でも体力面でも糖分摂取しなくちゃ!
「シーナに頼んでみるよ」
私の心の中を読んでいるのか、クシャナは表情を崩す。
なんだか、クシャナってデューク様みたいなのよね。私のことを見透かしている感じが……。
まぁ、そのうち私が上手になるのだから、問題ないわ。
私たちはモリスを起こし、仲間の元へと帰らせた。私はクシャナと村へ戻った。村はまだ騒がしかったが、こっそりと入り、クシャナに寝床を用意してもらった。
……前と同じ部屋だった。
懐かしい気持ちになる。ここで、ウィルおじさんと戦ったのよね。……本物じゃないけれど。
「服はここに入っている」
そう言って、彼女は部屋の中にあった衣裳棚を開ける。白くて赤い刺繍の入った民族的な服がいくつか入っていた。
あ! 前に着た動きやすい服!
またこの機能性の良い衣裳を着られるなんて嬉しい。「ありがとう」と呟いて、衣裳棚の扉を閉めた。
…………なにこれ。ラヴァール国の古語?
衣裳棚に彫られている文字が目に入る。私がじっとその古語を見つめていると、クシャナの声が耳の中で響いた。
「私は今からシーナに明日のパーティーのことを伝えてくる。アリシアは長旅に疲れているだろう。ゆっくり、休め」
彼女の方を振り向く。
赤い瞳に服も顔も汚れている自分の姿が映る。私ってば、酷い格好ね。……森を探索して、象たちと戦った勲章だと思っておきましょ。
「明日、綺麗にするといい」
「ありがとう、クシャナ」
私はもう一度お礼を言った。
「そういえば、どうやってここに…………、いや、いい。おやすみ」
途中まで言いかけて、クシャナは質問するのをやめた。何を質問しようとしていたのか想像できるが、聞き返さずに「おやすみなさい」返した。
クシャナが出て行ったのと同時に、私はバタッとベッドの上に寝ころんだ。
大きくて質素な木材のベッド。シーツには自然を連想させる小さな刺繍がいくつか入っている。牢獄で過ごす何倍も良い。
私は、ゆっくりと瞼を閉じた。




