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「…………それで、ここで何をしてたんだ?」
クシャナの質問に私はクシャナと目を合わす。
「貴女の願いを聞きにきたのよ」
私は確かな声でそう言った。
ウィリアムズ・アリシアは約束を破る女ではない。マディを採取し、クシャナが治めている森で私は過ごした。
その恩は返すわ。
クシャナは私の言葉に「待っていたよ」と優しく答えてくれた。
クシャナが歩く方向へ私も一緒に足を進めた。象もしっかりとついてくる。さっきみたいに乱暴に走ってこない。大人しく歩いている。
もっと早くクシャナが来ていれば、私と象は無駄な争いをせずに済んだのかもしれない。
まぁ、喧嘩するほど仲が良いっていうし……、少しは絆は深まったんじゃないかしら?
私はチラッと象の方へと視線を向けた。彼は私が見た瞬間、急に表情が硬くなる。
…………どうやら、嫌われたみたいね。
「ねぇ、クシャナ」
「なんだ?」
「この象は私のことが嫌いみたい」
私がそう言うと、クシャナはまたハハッと声を出して笑う。
「そんなことはない」
「けど、象を転倒させてしまったもの」
「負けたから悔しく思ってるんだよ。この象はとても負けず嫌いでね。まだ考え方が子どもなんだ」
「だから、この子だけ私を追いかけてきたのね」
私が納得したように呟いた。
負けず嫌いなところは私にそっくりだ。同族嫌悪されているってことよね?
クシャナは「彼の名はモリスだ」と教えてくれた。
モリス、と私は小さく彼の名を口にした。
「私はモリスと仲良くはなれそうね」
「こいつは気難しいが……、まぁ、アリシアなら」
クシャナはそれ以上何も言わなかった。
私なら、気難しい象モリスとなら仲良くなれる可能性があるということ?
そんなことを考えながら、私は暫くクシャナとモリスと共に歩き続けた。
「ここだ」
クシャナはそう言って、崖の近くまで来た。
この森の崖からは落ちた記憶しかない。よく無事だったわね、私。……あの時、デューク様に助けてもらったのだけど。
丁度夕日が沈む瞬間だった。
地平線に大きな太陽がゆっくりと姿を隠していく。茜色の空と陽光が森に反射して、とても美しい景色だった。思わず息を呑む。
「綺麗な場所ね」
私がそう言うと、「ここで少し話そう」とクシャナは腰を下ろした。
それを見て、モリスも腰を下ろす。……象が腰を下ろす姿はなんだか可愛らしかった。
さっきまで憎き敵みたいな雰囲気を私に醸し出していたのに、今では少し場が穏やかだった。
やっぱり、象も素晴らしい景色を見たら、心が落ち着くのかしら……。
私も彼らと共に腰をその場に下ろした。
ん~~!! なんて良い画なのかしら。
まぁ、ちょっと奇妙な状況ではあるけれど、とても良い場所で良い人と動物がいる。
「私の記憶を消してくれ」
この状況に感動していると、突然のクシャナの言葉で我に返った。
私は何も言えず、真剣な彼女を見る。
デューク様が私のことを忘れた日を思い出した。……あれはただの記憶喪失のふりだったけれど。
だけど、本当に誰かの記憶を消すなど考えたことはなかった。




