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私は煽るように、象に笑みを向けた。
「ねぇ、象さん、もっと本気で倒しに来てよ」
私が挑発すると、象は私の言葉を理解したのか、すぐに瞳に怒りが宿った。
アリシアってば、人を挑発する才能にはかなり長けているのよね。自画自賛しながら、私は木の枝の上でドヤ顔を決める。
その表情すらも癇に障ったのか、象の鼻息が荒くなる。長い鼻をブラブラと揺らしながら、私の方へと近づいてくる。
よしっ! 今よ!
私は思い切りその場からジャンプをして、象の背中に飛び乗った。私が勢いよくぶつかってきた勢いで、象は大きな声で鳴く。
……まずい、仲間を呼ばれてしまう。
象は私の方に目掛けて、鼻を大きく上へと上げる。そのまま、私は象の尻尾から滑るようにして降りる。
ああ、我ながらなんて機敏な動き。
「こっちよ~~」
私はそう言って、象の後ろから声を出す。
象は体を動かして、私の方を見ようとする。象は人間より耳が良いから、私の声にすぐ反応してくれて助かる。
私は動いている象の体の下をくぐり抜けて、象の前へと現れる。
再度ご対面ね。
「ごきげんよう」
私はにっこりと笑う。
私たちがどたばた暴れたせいで、この一帯はかなり荒れてしまった。……森の女王に怒られてしまいそうだ。
象はまた長い鼻を私の元へと振り下ろそうとする。
……さっき見たから、この動きはもう見切っているわ。
私は心の中でそう呟き、象の鼻に潰される前に素早く避ける。ドンッと地響きがする。
本当に私を殺す勢いで攻撃してきている……。
「あとちょっと」
そうして、私は同じような動きを何度も繰り返した。
象の後ろに行ったり、前に行ったり。……そう、さっきと同じ作戦だ。象の目を回すよりも、もう少し高度な作戦だけど。
「私の勝ちよ」
私は象の動きを観察しながら、危なくない場所へと身を移す。
象が何度も長い鼻を振り回しているうちに、鼻と足が絡まり、その場に倒れ込んだ。この山が破壊するぐらいの大きな音がその場に響く。
象が倒れる音ってこんなに大きいの……?
私は驚きながら、象に近付く。その場で足をバタバタとさせながら、鳴いている。
…………鳴き声がどんどん怯えているような気がしてきた。
一頭相手だから倒せたけれど、これがさっきの数いたら、私は間違いなく死んでいたわね。
「…………何事だ?」
聞き覚えのある声が私の耳に届く。心臓がドクンッと跳ねあがる。
この威厳ある中性的な声。
私の中で緊張が生まれ、小さく息を吸う。
「クシャナ」
私は彼女の名を呟いた。




