570 十六歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
「クシャナ」
私は目を開くなり、彼女の名を呼んだ。
木々の間から雲一つない快晴が見える。……私はキイにラヴァール国の森へと飛ばされた。
クシャナの場所に送ってほしかったが、やっぱり遠隔だとそこまで正確な場所へと私を移すのは難しかったようだ。
とはいっても、あまりにも乱暴な移動の仕方ね。
だって、ここ、……どこよ!?
私は寝ころんだ状態から立ち上がり、周りを見渡す。何一つ手がかりがない。全部見える景色は一緒だ。木しかない。
こんな広大な森の中のどこかに落とされるなんて絶望に近い。
クシャナの元へとたどり着くのは随分と時間がかかりそうね。
まぁ、ラヴァール国に無事に入れたからラッキーだと思っておこう。一番困難だった問題をキイのおかげであっさりと解決できた。
「どっちの方向に行けばいいのかしら」
ぐるぐると周りを見ながら、勘を頼りに進もうと思った。
……日が暮れる前に寝床だけは確保したいわね。この森は獣が沢山いるもの。
キイに魔力をわけてもらったけれど、あまり無駄にしたくない。……魔力が違うと魔法をかけた時の感覚も少し変わるのかしら。
そんなことを考えながら、私は思うがままに足を進めた。
水の音が聞こえる方へと行きたかったが、全く何の音もしない。どれだけ耳を澄ましても、聞こえてくるのは葉の擦れる音と私の鼓動だけだった。
動物がいる気配もないし……。これは本当に適当に歩くしかない。
ん~~~、右? 左?
暫く歩いて、私は立ち止った。
何となく、右と左で道が分かれている場所まで来た。
ここに来るまで本当にただ同じような景色だったが、ついに道の分かれ目まで辿り着いた。
……これは、どっちの道を歩むのが正解なのだろう。
真っ直ぐ行く手もあるけれど、そろそろ曲がりたい。もう真っ直ぐ歩くのは飽きた。私の勘が「これ以上先も同じ景色しかない」と言っている。
私は目を瞑り、森の音を聞く。
こういう時、耳が良くて良かったと思う。ウィルおじさんのおかげで私はかなり小さな音でも拾える耳を持つことができた。
音に敏感になったおかげで、目隠しした状態でも大体周りの状況を把握できる。
「これは……左かしら」
左の方面から微かに生き物の呼吸が聞こえた。
私の耳に聞こえてくるということは、小動物なわけがない。……が、変化がないよりかはある方が良い。
リスクを背負わないと何も変わらないのだから、左に行くしかない。
気付けば、日が落ちてきつつある。そろそろ、寝床を見つけないと……。この森に安全な場所があるとは思えないけれど。
私は覚悟を決めて、左へと足を進めた。




