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「僕はね、アリシアを幼い頃から知っている。初めて出会った時からずっと可愛らしい女の子だったよ」
僕が何も言えないでいると、フィンは話を続けた。
「アリシアは聡明で剣術の才能もあった。そして、誰よりも早く魔法が使えた。……だけど、ずっと嫌われ役だった。学園に入学してからは、リズと比較するように誰もがアリシアを敵視していたよ。アルバートやアランがアリシアに向けるその目は、自分の妹を見る目とは全く異なっていた。皆はアリシアが変わったと言っていたが、僕から見るウィリアムズ家の令嬢は幼い頃から何一つ変わっていない。ただ目標に真っ直ぐ走っている魅力的な女の子だよ」
……フィンはリズの魅惑の魔法にかかっていなかったのだろう。
安定した魔力を持ち、常に自分の意志があったからこそ、いつでも物事をフラットに見ることができた。
カーティスやヘンリもそうだ。……アリシアが追い詰められた時、フィンはいつも楽しそうにしていた。
僕が思っていることを察したのかフィンはニコッと笑みを浮かべた。
「彼女の強さは僕の初恋の女の子に似ているんだよ」
びっっっっっくりした。
フィンの口から初恋の話など出てくるとは思わなかった。
アリシアが「フィン様は恋したことがあるのよ!」と楽しそうに話していたことを思い出した。
僕も意外だなと思いながら特に興味は抱かなかったが、本人の口から直接聞くともう少し聞き出したくなる。
結局、アリシアたちはフィンの初恋について聞けなかったらしいけど……。
目を丸くしていた僕に「そんなに驚かなくても」と今度はフィンが少し驚いている。
「ジルから見た僕は恋に興味なさそう?」
「……いや、そういうわけじゃないけど。……なんていうか、フィンが好きになるような女の子って、なんか……想像できない」
僕は最後の言葉を強調するように言った。
そうだ、フィンが恋に落ちる女の子など全く想像できない。
恋をしているフィンよりも、フィンを落とした女の子の方に関心がある。
この誰からも好かれる天使の顔を持った少年を落とす女の子って誰……?
とんでもなく色気のあるお姉さんとか? けど、アリシアに似ているって言ってたからそれはないか。
「……今アリシアに対して失礼なこと考えていたでしょ」
「いや」
ジトッと僕を見てくるフィンから目を逸らす。
「…………誰にも言ったことないな、その女の子のこと」
フィンは小さくそう呟いた。
僕は彼に視線を戻した。凄く切なそうな表情を浮かべるフィンを見て、初めて彼が本当の感情を表に出した瞬間を見たと思った。
「すごく好きだったんだね、その子のこと」
「うん、そうだね。凄く好きだった」
いつもより少し低い声で彼は僕を真っ直ぐ見つめる。
フィンにここまで想われているなんて、本当にどんな女性なのだろう。
「どんな女の子だったの?」
フィンはきっと自分の恋愛を掘られるのは嫌いだろうが、今は何故か話してくれるような気がした。
「初めて会った日に『お嬢ちゃんは家に帰れ』って言われたよ」
急に口調が明るくなった。満面の笑みで話し出したフィンは嬉しそうだった。
きっと、良い思い出なんだろう。
「お嬢ちゃんなんだね」
「まぁ、僕、可愛いからね」
「否定はしないけど、自分で言われるとムカつくね」
僕の言葉に軽く声を上げて笑いながら、彼は話を続けた。
「僕が会ってきた中で一番強い女の子だよ」
「アリシアよりも?」
「うん」
はっきりと答えた彼に「それは凄いね」と思わず発する。
フィンはアリシアの実力を分かっていないわけではない。それを踏まえて、アリシアよりも強いと判断するんだ。…………………………もしかして、ジュリー様?
「きっと、今ジルが想像している人物は違うよ」
彼は、眉をひそめながら露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
あ、良かった。
「僕の好きな女の子はね、鎌を振り回すプリンセスだよ。名は…………」




