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「早くっていつよ」
キイの睨みに対して、私は「こっちの国で完全に立場を失ってしまったのよ」と答えた。
何者でもなくなった私は自由に動くことができる、のと同時に簡単に何でもできなくなったということを示唆している。
権力で叶ってきたことは何一つできなくなる。国外にも簡単に行くことはできない。
となると、ラヴァール国へと入国の仕方をちゃんと計画しなければ、私はまた牢送りへとなってしまう。
ウィリアムズ・アリシアという名でこの国で十六年間生きてきた。突然家名を奪われてしまっては、どうすればいいのか頭が混乱している。
平気なふりをしているが、多少なりとも不安はある。……けど、これは悪い不安じゃない。
「……けど、アリシアならそんなこと関係ないでしょ」
「え?」
「だって、ラヴァール国にいた時すら何も持っていない少女だったもの」
…………そうだったわ。
私は何一つ力のない状態でヴィクターやヴィアンたちの元へと近づいた。自らの力で地位を手に入れた。
自分の右手のひらへと視線を向ける。
令嬢とは思えないほど荒れた手。剣を握り過ぎてタコができている。苦労した手とはいえないけれど、苦労を何一つ知らない手ではない。
アリシアの手を見ればただの令嬢でないことぐらい分かる、と少し前にフィン様に言われた。
…………そして、彼は「僕はそういう手をした女の子をもう一人知っている」と嬉しそうに笑っていた。
今思えば、その人が――フィン様の表情を綻ばせたその女の子がフィン様の好きな人だったのだろう。
私はギュッと自分の手を握った。
「私はどこでも生きていけるほどの強さを持っている」
「知っているわよ。私と戦って勝ったのよ? か弱い女の子アピールはやめてほしいわ」
キイは頬を膨らましながらプイッと顔を逸らす。
少し魔法を使ってみようとした。………………使えない。
どうして? 魔力を奪われた? 別空間にいるから?
いや、でも別空間に飛ばされても魔法は使えていたわ。だとしたら、どうして魔法が…………。
「アリシア、どうしたの? そんな顔して」
「魔力を奪われた」
私はキイの言葉に被せるようにして言葉を発した。
「奪われたって、そんなこと……」
「毒魔法なら可能よ。……ジュリー様、私から爵位を奪っただけだと思ったら、とんでもないサプライズを用意してくれているじゃない」
私は思わず口角を上げた。
こういう状況こそ、悪女は笑っているべき。いつだって逆境に立たされるのが悪女だもの。
「ちょっと、どういうこと?」
「転移魔法も使えない。国外追放ももうされることはない。……だとしたら、どうやってラヴァール国へと行けばいいのかしら」
私はキイのことを無視して独り言をボソボソと呟く。
魔法が使えないとまでなると、私の行動範囲はどんどん狭まってくる。一刻も早くこの状況を打破する方法を考えなければ……。
「勝手に国外に出たとなると、また重罪だし……」
「ちょっと! アリシア! 無視しないでよ」
「…………なに?」
顔を限界まで私に近付けてくる様子に私は彼女へと意識を向けた。




