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言葉に詰まってしまう。
困った僕に助け舟を出すように彼女は言葉を付け加える。
「愛があるか、ないかは重要じゃないのかも……。ただ、私は今もなお、あの村の人間だったのだと痛感するんだよ」
レベッカは村を出てから、頑張ってこの場所に馴染もうとしている。
それは彼女の行動から読み取ることができるけど、それが彼女にとって「良い」ことなのかは分からない。
レベッカが生きる上で必要だということで、彼女は別にこの太陽ある世界を愛しているわけではないのかもしれない。
「僕はあの村が軍事開拓されて、アリシアが生きていく上で役立つものになるのなら、愛することができるかも」
僕がそう言うと、レベッカは目を丸くした。その数秒後に、フフッと声を出して笑う。
「真っ直ぐで綺麗な愛だね」
彼女のその言葉に僕は嬉しくなった。
アリシアに対して汚れた情を持っていないということを他者から見ても思われているのなら、良かった。
「私はあの村の何だと思う?」
「…………救世主」
昔、アリシアがレベッカに与えた使命を思い出した。
アリシアはレベッカの命を助けた代わりに、貧困村の救世主になるように言った。
「そうよ。だから、村人も救うのが私の役目よ」
僕は彼女の言葉に思わず固まった。
レベッカは足を失ったあの日からアリシアの言葉をちゃんと受け止めて、自覚していた。
誰よりも村のために動いて、村人たちの住みやすい環境を作ろうとしていた。そして、アリシアの期待に応えていた。
……レベッカは賢くて行動力がある女の子だ。今も昔もそれは変わらない。
「どうやって僕を救うの?」
そう言ったのと同時に、レベッカは僕の頬を両手で挟んだ。
じっと僕の瞳を見つめる。その瞬間だった。彼女の瞳が黄金色へと徐々に変化していく。
……………………アリシアの瞳?
僕は彼女の目から離せずにただ息を呑んだ。
「ジル」
レベッカの口から出た声はアリシアのものだった。何が起こっているのか分からない。
「ラヴァール国へ行き、二人の少年を見つけなさい。名はレオンとリオというわ。メルビン国の元暗殺者よ。リオは斑点病にかかっていたのだけど、私がマディを採取したからきっと大丈夫」
「どういうこと……、一体何が……」
僕が驚くのをよそにレベッカは話し続けた。
「二人の安否を確認してほしいの。それと、貴方が自らラヴァール国と交渉しなさい。デュルキス国の者として斑点病の治療薬を武器に外交してくるのよ。爵位を持たない私は役に立たない。デューク様がきっとジルを助けてくれるわ。魔力がある者が牛耳るこの世界を変えることができるチャンスよ。貴方がその最初の人物となるのよ」
「そんなの……、僕には…………」
不安になる僕を予め予想していたのか、レベッカの口から「大丈夫」とアリシアの落ち着いた心地の良い声が耳に響く。
「その力がジルには充分あるわ。私はずっと信じているから。あの時、ジルを生かした責任をとると言ったのを覚えている? 貴方を世界に羽ばたかせてあげると。今がその時よ。私がジルを信じているということがジルにとっての自信でしょ? だから、貴方も自分を信じなさい」
レベッカはそう言い終えて、フッと表情が変わった。目の色も変わり、いつものレベッカに戻っている。
彼女はゆっくり、僕の頬から手を離す。
アリシアがレベッカに乗り移っていた? ……いや、でもそれなら、アリシアと会話できるはずだ。
混乱している僕を察したのか、レベッカは口を開いた。ちゃんとレベッカの声だった。
「私が今日ジルに会いに来た用事はこれよ」




