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レベッカは貧困村の凄惨な状態を忘れているわけではない。
「あの村、開拓されるの反対派?」
僕は彼女の目を見据えながらそう言った。レベッカはフッと笑みをこぼして「そうだよ」と答える。
確かに生まれ育った場所だけど、地獄だった。こんな場所、一刻も早く出たいと希っていた。けど、レベッカは違うんだ……。
「ジルは、改善されていった後の貧困村をほとんど知らないでしょ?」
ちょくちょく足を運んでいたけれど、住んではいなかった。ただ、とても住みやすくなったことだけは理解している。
「開拓反対! って声を上げるわけじゃないよ。ただ、必死に村を改善したのに、それが全部なくなるのは賛成できないだけ。皆の力で変えたのに、それが消えてしまうんだから。……きっと、ジルにはこの気持ち分からないと思う」
そう言われると少しイラっとしてしまう。
僕だって、あの村で生まれて過ごしてきたのだ。……途中で出た身だけど。
「レベッカは……」
「なに?」
「貧困村を故郷だと思えるでしょ?」
僕の質問に彼女は言葉に詰まっていた。きっと、彼女は貧困村を故郷だと思っている。けど、僕はそうは思えない。
この村に対しての意識の乖離が僕らの間に溝を作っているような気がした。
「……思ってないよ」
「え」
僕は彼女の返答に思わず口を開いた。
「故郷じゃない。あそこは私の帰る場所じゃない」
レベッカは自分に言い聞かせるようにそう言っているように聞こえた。
故郷じゃない、という回答に驚いた。確かに、貧困村が軍事開拓されることを拒んでいるわけではない。受け入れているが、賛成はしているわけではない。
「憩いの場にしてはかなり殺伐とした場所だったからね」
彼女が笑ったのに対して、僕はフッと表情を和らげた。
「けどね、嫌いじゃないの。凄く好きかと聞かれれば、分からないけれど……。好きだったよ、あの村。アリシアと出会えた場所だもの。師匠にも、ジルにも、ネイトにも、あの村がなければ出会えていなかった。だから、私はあの村に対して愛はあるんだよ」
家族を失い、一度全身火傷を負い、足を失ったことを持ち出さない。そこが彼女の強さだと思った。
レベッカはあの村で起こった良い面を噛みしめている。だからこそ、アリシアに好かれているのだと思った。
「ジルはさ、少しもあの村に対して愛はないの?」
アリシアが僕をあの村から連れ出してくれるまでのじっちゃんと過ごした日々は今も忘れないし、懐かしいと思う。
けど、村に対しての愛など考えたことはない。
……憎くてしょうがなかった。あの村も、あの村に住んでいる人々も死ねばいいと思っていた。
弱い者に生きる権利などない場所だった。
「僕は……」




