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「アリシアちゃんが消えた!?」
甲高い声が部屋中に響き渡る。
僕らは学園に足を運び、魔法の訓練をしているキャザー・リズに会いに行った。
本来なら、リズの年齢になると授業は終わっているはずなのだが、聖女は特別枠だ。普通の貴族の何倍も学ぶことが多い。
……文句一つ言わずにこの環境を受け入れているリズはなかなか根性があるのかもしれない。
授業を中断してもらい、中庭にリズを呼びただした。その彼女が今、立ち上がりながら目をパチクリさせている。
「も~、うるさいなぁ」
メルはリズのリアクションを鬱陶しそうに紅茶を飲んでいる。
キャザー・リズの力を借りようと言ったのはメルの案なのに、全く勝手なものだ。
「えっと、てか、アリシアちゃん、令嬢じゃなくなっちゃったの?」
「とりあえず、座って」
キャロルはリズを落ち着かせるようにそう言った。メルよりもキャロルの方が社会性がある。
リズは状況をいまいち理解していない中、腰を下ろす。
「どうして、私にそれを?」
「アリシアを探すのを手伝ってほしい」
デュークが口を開く。
リズの視線がデュークの方へと向く。彼女は暫く、デュークを見つめながら呟いた。
「嫌よ」
想定外の言葉に僕らは固まってしまう。
キャザー・リズなら、「もちろんよ、まかせて!」と言うに違いないとどこかで思っていた。
彼女のその一言で未だにデュークのことを想っているのだと分かる。
「はぁ!?」
メルは露骨に表情を歪める。
……なんか、悪魔に見えてきたよ、メルが。
「だって、今ほどチャンスな瞬間はないじゃない。それに、アリシアちゃんが誰かに負けるはずないわ。あれほどの強者、後にも先にもアリシアちゃんだけでいいもの」
アリシアがずっと求めていたリズからのライバル心をゲットできてるよ。おめでとう。
「本気で力を貸さないつもり?」
「ええ」
メルの言葉に彼女ははっきりとそう言った。
「……どうしても無理?」
僕はリズを真っ直ぐ見つめながら聞いた。
今、何一つ手がかりがないこの状態を少しでも動かせることができるのはリズぐらいだ。彼女の力を借りるしかないんだ。
今までリズに嫌悪をひたすら向けてきたが、今回はそれらを全て捨てて、ちゃんと向き合っている。
リズは僕の視線に少し困った表情を浮かべて、小さくため息をついた。
「はぁ、そんな目で見ないでよ」
「リズしか頼れない」
「ジル君はアリシアちゃんのためなら、プライドも捨てれるのね」
「アリシアのためなら命だって捨てれるよ」
「……そこまでして、アリシアちゃんは自分を探し出してほしいと思うかしら? 何も言わずに消えたのなら、そっとしておくべきじゃないの?」
僕は何も言えなくなってしまう。
アリシアが本当に誰かに攫われたなら、何か跡を残しておくに違いない。自ら消えたのなら、僕らは何もしない方がいい……。
そんなことはとっくに考えている。リズに言われなくとも分かっている。
「論理だけで動かないからこそ、意味があるから」
僕は小さな声でそう言葉を発した。




