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歴史に残る悪女になるぞ  作者: 大木戸 いずみ


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「素敵か?」

「とても」

 私がそう返すと、ヘンリお兄様はその場に座り込んだ。

「あ~~~あ」

 どこか諦めたような、けど、清々しく彼は声を発した。私はヘンリお兄様の言葉を待った。

 ウィリアムズ家の次男という立場は特に重い責任を持つことはない。だからこそ、確固たる覚悟を持って動くこともない。それ故に、己の存在意義を葛藤してしまう時もあるだろう。

 ヘンリお兄様は悠々自適な生活に満足はしているのだろうけれど……、って感じよね。

「最初からリズがアリシアにどれだけ挑んだとしても勝負にならなかった。デュークだけでなく、俺にとっても」

「どういうことですか……?」

 突然のリズさんの登場に私は小さく首を傾げる。

 間違いなくリズさんとは同じ土俵に立っているつもりだったのだけど……。

「擦り切れるな、と人は言う。擦り切れている方がより一層、物事を客観的に見ることができるだろう? 俺はそんな自分を嫌だと思ったことはない。だが、周りは『希望』だの『期待』だの、俺の人生をやたら輝かせたがる。眩しい人生じゃなくとも、俺は自分の人生を愛しているよ。……こんな俺を『素敵』だと本気で思っていたのはアリシアだけだよ」

 ヘンリお兄様は視線をゆっくりと私の方へと向けた。

 擦り切れているヘンリお兄様の目は、どこか吹っ切れていて濁りはなかった。良い瞳を持っている人だ、と思った。

「アリシアはそんな俺を見抜いて、未来に『煌めきがあること』を祈ってくれた。……アリシアの兄であることを心から誇っている」

「そんな言葉を」

 私が何か返そうとした瞬間、私の言葉にヘンリお兄様が言葉を被せた。

「ああ、知ってるよ。こういうことを言われるのが嫌いだってこと。けど、俺のこの気持ちだけは揶揄せずにちゃんと受け止めてくれ」

 私は何も答えなかった。ここで「ありがとうございます」とか「私にとってもお兄様は私の誇りです」なんて言葉を返すのは違う。

 これは沈黙が正解なの。沈黙こそ私の回答だから……。否定することも肯定することもなく、ただ、ヘンリお兄様の言葉を受け止める。

 心地の良い沈黙もこの世には存在する。

 私は暫く私とヘンリお兄様の間に生まれている静寂を楽しんだ。

 風が柔らかく吹いて、私たちの頬を撫でる。蝶が花の蜜を吸いにくる。ヘンリお兄様は涼し気な表情で空を仰いでいる。

 私も共に空を見上げながら、擦れ切っていない己の輝きを守ろうと思った。

「ヘンリお兄様」

 暫くして、私が沈黙を破る。私はお兄様と視線を合わせるために、しゃがみ込む。

「そんなお兄様に一つ任務を与えますね」

 擦れ切っているからこそ、頼めることがある。

「何だ?」

 私はヘンリお兄様の握っている剣にそっと触れた。ヘンリお兄様は「五大貴族」だから、剣の稽古をしているだけだ。身体を動かすのが好きなのはアルバートお兄様や私だから……。

 その点、アランお兄様とヘンリお兄様は双子だと思う。アランお兄様もほとんど剣の稽古をしているところを見たことがないもの。

「ヘンリお兄様の武器は剣ではないです」

 剣が私の魔法に包まれていく。薄紫色の柔らかな光によって、剣は小さくなっていく。剣もまさかこんな物体になるなんて思ってもみなかっただろう。

 私は変わり果てた剣を掴み、ヘンリお兄様に渡した。

「私の悪女としての歴史を書き留めておいてください」

 ヘンリお兄様の深い紫色の瞳を真っ直ぐに見つめる。彼は戸惑いながらも、私の魔法で変えられた万年筆を受け取る。 

「どうして俺に……」

 まだ状況を理解出来ていないヘンリお兄様に私はニコッと微笑んだ。

「歴史書は小説じゃないから……。情など必要ないもの」

 私が国外追放された事実や爵位を失った事実は決して変えられない。

 だから、と私は付け足した。

「私の歴史をヘンリお兄様に託します」

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当に胸が熱くなりました。ヘンリお兄様がアリシアちゃんの人生という歴史をどう書き留めていくのか、本当に楽しみです。ヘンリなら、美しく気高いアリシアを歴史にのこしてくれるんだろうなぁ。
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