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「くそ、油断した」
そう言って、デューク様が片手で口元を覆った。
私の一言で動揺しているデューク様を愛おしく思った。普段完璧な王子が、私の言葉で表情を変えている。
青い髪が彼の耳にかかっているのを見ながら、出会った頃よりも髪が伸びたなと実感する。相変わらずサラサラの髪に美しい顔。
デューク様が私を好きになるなんて、初めて出会った頃は考えもしなかった。シーカー・デュークはキャザー・リズと結ばれる運命で、私は悪役令嬢。
ただ、悪女になることだけを目標に頑張っていたけれど、途中から私はデューク様に心を奪われていた。
………………私はこの世界でちゃんと生きている。
「デューク様」
私ははっきりとした声でデュルキス国の王子の名を発した。そして、その場にデューク様にゆっくりと頭を下げて、敬意を示す。
このタイミングでお辞儀をするなど、ムードも色気もないけれど、これがウィリアムズ・アリシアだから。
「デューク様に私の心を差し上げます」
この誓いをどうか受け取ってほしい。私はこれからも自分勝手な行動をするだろう。デューク様をおいて、ラヴァール国にも行くつもりだ。
けれど、私の心はデューク様の元にあるのだということをちゃんと知っていてほしい。
「俺が惚れた女は世界一かっこよくて美しいな」
嬉しそうにデューク様は顔を綻ばせた。
私はその表情にドキッと心臓が跳ねた。デューク様が私に対して向ける表情は私だけのものだ。
デューク様の破顔が絵画になったら、とんでもない高額がつきそうだわ。
「明日、私はジュリー様から罰せられます。どんな罰かはまだ分かりませんが、暫く会えないかもしれません。……それに、私はラヴァール国へと戻ります」
ずっとデューク様の傍にいる、という選択をとることができれば「良い令嬢」になれたのだと思う。でも、デューク様も私もそれを望んでいない。
私の言葉にデューク様は目の前に跪いた。突然の彼のその動きに私は目を見開く。
………………な、に。
私の手を牢の柵越しに優しく握る。デューク様は手の甲に優しく口づけをした。
その爽やかな行動に私は美しさを覚えた。
「どこにでも飛べばいい。帰る場所が俺の元なら」
デューク様の声が私の心を覆う。
彼のことをさんざん待たせてきた自覚はある。それなのに、こんな言葉を私に言ってくれるデューク様の余裕に惹かれる。
前にラヴァール国に行った時もデューク様の手助けがあったから、行くことができた。
今回もまたデューク様の力を借りるだろう。
デューク様から頂いた愛を私は生涯かけて返していこう。




