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衛兵がその場を離れて、少ししたら、部屋の中の冷気が少しずつ薄れていった。
…………あの衛兵、やり手ね。
ジュリー様が近くに置いている理由が理解できた。
「ジェーンね」
私はジェーンのことを少しだけ考えた。まさか、今になって彼女のことを思い出す日が来るとはね。
随分と懐かしい思い出のように感じる。学園でのいざこざも今となればかわいいものね。……ラヴァール国のいざこざの方がよっぽど壮大だったわ。
私がぼんやりとジェーンのことについて考えていると、コツコツと誰かがこちらに向かってくる音が耳に響いた。
この足音は間違いなくデューク様だ。
私は彼の方へと視線を向ける。……牢に入っている私を見て、デューク様はどう思うのだろう。
「わざわざ会いに来てくださり、ありがとうございます」
私はその場に立ち上がり、デューク様を見つめた。
デューク様が私を見る瞳にはどこか切なさがあった。己の手中を超えて、私が好き勝手動いたことを寂しく思っているのかもしれない。
衛兵は気を遣ってくれたのか、席を外してくれている。
今は私とデューク様だけの時間。……この沈黙が私には少し居心地が悪かった。だからといって、私から何か言葉を発するわけにはいかない。
私はデューク様の口が開くのを待った。
「目的は果たせたか?」
想像していた質問と違い、私は少しだけ驚いた。「どうして俺を頼らない」と責められると思っていた。
もう、呆れられてしまったのかしら……。
私は自分の道を自由に進んで行けばいいと思っていたけれど、誰かと恋愛するのならそうはいかない。
デューク様の好意を蔑ろにしてはいけない。
「はい」
「それなら何よりだ。アリシア、君は……」
俺がいなくとも生きていける? ……そんなことを言おうとしているように思えた。
「デューク様、先ほどお伝えした私の気持ちに嘘偽りはございません」
彼は黙っている。私が「愛しています」と伝えた言葉について考えているのだろう。
「私はデューク様を誰よりも信頼しており、そして……誰よりもお慕いしております」
普段、伝えてこなかった想いを、今ちゃんと伝えないと……。こんな牢の中で言うべき台詞ではないけれど、今までずっとデューク様が私に送ってくれた愛を、言葉を、返さなければならない。
彼は目を見開いたまま私を見つめていた。
まさか私の口から愛の言葉が出るなど予想もしてなかったに違いない。我ながら、らしくないと思う。
それでもいい、恋をしている私も嫌いじゃない。
「恋愛に関しては不器用なのかもしれません。負けず嫌いが出てしまい、可愛くないことは自分でも分かっています。……それでも」
「かわいいよ。アリシアはかわいい」
「え」
私は固まってしまう。
「俺が生まれて初めて、この手で守りたいと思った女だから」
真正面からこんな美形にそんなことを言われるなんて……。その言葉は私の心に真っ直ぐに届く。
「……俺は別に良い男ではない。ぼんやりとこの世界から消えたいと思うこともあった。生に対して冷めきっている自分が誰かを幸せにしたいと思うことなどないと思っていた」
冷めきっているデューク様を私は知っている。ゲームの中だけだけど、彼のことを懐柔させることができたのはリズさんだけだったから。
「アリシア、君は、俺が死なない理由になる」
とても重く、嬉しい言葉だった。
私は自分が思っているよりも、ずっとデューク様が好きなのだと自覚する。
「デューク様が私を想ってくれている気持ちをお守りにしていましたが、今は、私がデューク様を想うこの気持ちがお守りです」
この気持ちを絶やすことがなければ、私はなんだってできるような気がした。




