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「救ってなどいないわ」
はっきりとそう言った。
私は決して良い人などではない。良い人に見られたいとも思わない。ただ、私は自分の信念に添って生きているだけ。
単純だけど、簡単じゃない。けど、信念のない人生など、白米のない茶碗と同じぐらい空っぽだ。
……自分で考えておいて、意味が分からなくなってきたわ。
とにかく! 私はジュリー様を救おうなんておこがましいことは考えてない!
衛兵がゆっくりと顔を上げた。
「アリシア様はジュリー様と似ていると思っていましたが、全く違いました」
「……え?」
「アリシア様の方がずっと温かい光を持っている」
私は黙ったまま、彼を見ていた。他の衛兵とは明らかに違うオーラを持ったジュリー様専属の衛兵の口からそんな言葉が出るなんて……。
もっと、私に対して嫌悪を抱いているのかと思っていた。
そういう言葉をかけるなら、私よりリズさんのはず……。今、牢に入ってる人物にかける言葉じゃないわ。
「氷が熱を帯びてゆっくりと溶けていく。……デューク様もジュリー様も貴女に懐柔されたようですね」
「随分と詩的な表現ね」
私は馬鹿にするようにそう言った。
ここで私が「ありがとう」なんて返すはずがない。もし、私が光魔法を使えたりしたら「貴方のことも照らすわね」なんて粋なことを言えたのかも。
…………そんな粋なこと言えないわね。
気付けば、どんどん部屋が寒くなってきている。そろそろデューク様を入れた方がいいわね。
「私ってば、皆に愛されているわね」
フフッと声を出して、私が笑うと衛兵は「そのようです」と肯定した。
皮肉のつもりで言ったのに……。
「アリシア様は人を惹きつけます。そして、それは誰かの背中を押しているんです。……聖女になどならずとも、大貴族の令嬢でなくとも、アリシア様がアリシア様であるかぎり、貴女の存在をどこかで支えにしている人がいるのです。その『誰か』を私はよく知っています」
「…………そんなの迷惑だわ。……私がいなかったら自立できていないのと一緒じゃない」
「いえ、自立ができていないわけではないです。アリシア様がいない日常に戻るだけです。貴女のいない普通に慣れていくので。……ただ、貴女がこの世界のどこかで生きてさえいれば、それが小さな希望になる人もいるのだということを知っておいてください」
そんな大した人間ではない、そう言おうと思ったけれど、やめておいた。
自分の存在を自ら下げることはない。自尊心を蔑ろにしたくはないもの。私のことを「希望」だと思われるのは少し嫌だけど、それは人の勝手だから。
ピシっと音が鳴る。鉄格子がとてつもなく冷えていくのが目に見えて分かる。
「では、デューク王子を呼んでまいります」
「ええ、そうした方がいいわね」
「ああ、それと……」
まだ何かあるの? という表情で彼のことを見た。
「先ほどの感謝はジュリー様に対してだけではないです」
「どういうこと?」
「私の妹の名はジェーンと申します。お忘れかもしれませんが、学園でアリシア様を嵌めようとした愚妹です。あの節は申し訳ございませんでした。……そして、本当にありがとうございました」
ジェーン、覚えている。そばかすのリズ信者の女の子。
私を嵌めようとして、キャロルの髪を切り、結局、学園に居場所がなくなっていた。……そう言えば、食堂で虐められているところを助けたりもしたわね。
まさか、この人がジェーンの兄だったなんて……。衝撃的すぎるけれど、言われてみれば少し似ているかもしれない。
「そんな子もいたわね」
彼にその名を言われなければ、すっかり忘れていた。私の人生の中でそれぐらいの存在の子。
私の言葉に衛兵は優しく微笑んだ。
「学園で少しだけ関わり、アリシア様の記憶にほとんど存在しない少女が、貴女によって良い方向へと人生を歩むことができたと思っております。妹が背筋を伸ばすことができたのはリズ様でなくアリシア様の存在のおかげです」
「そんなの知らなかったわ」
ジェーンは元気でやってるの? なんて聞けたらいいけれど、私はジェーンとは気に掛けるような間柄でもない。
衛兵は驚いている私に柔らかい表情を向けた。
「だから、アリシア様はアリシア様でいるだけでいいんですよ」




