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「賢くて、大人びてて、天才少年と言われた少年の扱い方など、どんな書物にも載っていない。私はそんな子の母親のなり方なんて分からないわ。……それに、魔力を失った者が王になれば反乱がおきる。この世界は実力主義なんかじゃないもの」
「……ウィルおじさんの母になろうとはしたんですね」
母親には「なれなかった」と「ならなかった」とではだいぶニュアンスが違う。
今まで出会った誰よりもジュリー様は不器用な方なのかもしれない。
私はそれを責めることはできない。だって、その不器用さで最も傷ついているのが自分自身なんだもの。
「毒を失くすには、目をくり抜くしかないのよ」
「冤罪までしてですか?」
「ええ。極悪非道の最低な女でしょ?」
「いえ……。ウィルおじさんを生かしてくれていたから、私はジュリー様に感謝してますよ」
私がそう言うと、ジュリー様は軽く笑った。私に感謝など不必要だと言いたいのだろう。
「馬鹿ね、彼にとったら地獄より辛い道のはじまりよ」
彼女は息を小さく吐いて、話し始めた。
「毒魔法を使える者はごくわずか。……シーカー・ウィルに対して、毒があると言って、目をくり抜いて良いような立場じゃない。誰もが『王妃が第一王子を陥れたい』と思うに違いない。どうせ狂人になるのなら、全てを振り切って狂人になるしかなかった」
ああ、ようやく分かった。
ジュリー様は自分の立場とウィルおじさんの立場を誰よりも理解していた。だからこそ、ウィルおじさんが生き残るであろう道をとった。
目をくり抜かれて王宮で、哀れみの目を向けながら生きることは、ウィルおじさんにとって苦痛だろう。腫れ物を扱うように接されるのは、もう魔力を失った時で充分経験している。
だからこそ、ジュリー様は憎まれることを選んだ。
「復讐心は生きる糧になるから」
「そうよ。私のことを生涯恨んでもいい。殺したいと思えばいい。それでも、あの子――ウィルには生きていてほしかった」
だからこそ、馬鹿みたいな国王殺害計画など罪をきせて、ロアナ村へと左遷させた。
おじい様方はラヴァール国に追放しても、絶対に死なないという確証があったのだろう。だから、まとめて邪魔者は排除したと思われるような選択をした。
自ら、国一番の嫌われ者の役を買ってでたのだ。
ウィルおじさん、貴方を地獄へと突き落とした女性も同じ瞬間に地獄を味わっていました。
ジュリー様を許してあげてくださいなんて言わないけれど、ただ、少しだけ楽になってください。
「ウィルが生きた証を私は綺麗に遺してあげれなかった」
「……遺しています」
私は静かにそう返した。
「ジュリー様がウィルおじさんを想う気持ちは綺麗です。周りがどう言おうと、貴女のその気持ちだけは汚れなきものです」
綺麗事を言っているだけかもしれないけれど、それでもいい。
心の底から私はそう思ったのだから……。誰にも知られず、ずっと苦しんできたジュリー様を解放してあげたかった。
そして、ウィルおじさんもきっとそれを望んでいる。
「私の人生で最も愚かな選択だと思って生きてきたけど、……貴女がそうではないと少し思わせてくれたわ」
窓ガラス越しに、ジュリー様の頬に涙がゆっくりと伝っていくのが見えた。




