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「拒まないこと、ですか」
「多種多様な価値観や問題を受け入れることは難しいことよ。けど、だからと言って、拒む必要はない。私にとっての優しさは、可視化されず、誰にも悟られず、何か小さな隙間を埋めるぐらいのもの」
私の言動は、傍から見ればリズさんを受け入れていないように見えるかもしれない。けど、実際はリズさんの考えを拒んでいるわけではない。
現実があるからこそ、理想は輝く。逆もまた然り。
リズさんの考え方が間違いだと思ったことは一度もない。ただ、私とは相容れないものであっただけ。
自己の見解を持っているだけ良い。偏在する社会的観念を踏まえた上で、物事を主観的に見ることができている人間は嫌いじゃない。
私は、正義が人の数だけあるということをちゃんと認識しているもの。
正義と権力がこの世から消えてしまえば、きっと争いはなくなるのだろう。……けど、そんなつまらない世界に私はいたくない。
「それが最大の寛容さであるとはつゆ知らぬ者たちが多くいるのだ」
「……ですが、私の棘に刺さると相当苦しいですよ?」
私は悪女らしく微笑んだ。
ゴードンさんに私の全てを見抜かれたくない。私の内側をさらけ出すのはウィルおじさんだけで充分よ。
私の発言にゴードンさんは柔らかく笑みを浮かべた。さっきまでの圧は一切感じない。
威圧感は一切なくなり、私を出迎えてくれた時と同じ雰囲気に戻っている。
「棘は相手に向けられているようでいつも自分に向かっているものだから、気を付けてください」
オージェス商会の会長であるからこそ醸し出されるその余裕さに私は思わず頭を下げてしまいたくなった。
彼は私と似たタイプの優しさを持っている人だと思う。
「私を試してみて、どうでしたか?」
「……期待以上でしたよ」
ゴードンさんの口から出たその言葉は本音に聞こえた。
これは最大の誉め言葉……よね?
彼は私を関心のある目で見つめながら、話を続けた。
「アリシア様が持っておられる膨大な魔力で私たちを制圧することも容易だったはず。ですが、貴女は対等に接すことを選んだ。……てっきり、私が圧をかけた際に魔力で反撃されると思っていましたよ」
笑顔でそう言うゴードンさんに私は思わず、その手があったか、と思ってしまった。
けど、私がもし魔力なんかで反撃したら、そこで交渉決裂だったに違いない。
私はそこまで先が見えないほどの馬鹿な人間じゃないもの。
「相手を力でねじ伏せることに意味がないので」
「俗世界でアリシア様を嫌っている人々にその言葉を聞かせたいですね」
「あら、そんなの私が人生を賭けて自分をブランディングしている意味がなくなるわ」
私がそう言って笑うと、ゴードンさんは一瞬目をぱちくりさせてから、すぐにハハッと頬を緩ませた。