503
私がそう発した瞬間にその場の空気が急に重くなる。
この空気、一体何……。私は驚きながら、この重圧を放っているゴードンさんの方を見つめた。
ギルバートはその隣で涼し気な表情をしている。私の隣でジルもこの圧を感じ取っているようだった。
額に汗を滲ませながら、私とジルはゴードンさんが口を開くのを待った。
…………私の言葉でまさか怒らせた?
私のような小娘が交渉を持ち出すなど、馬鹿にされたと思われたのかもしれない。
「私と本気で交渉しようと思っていますか?」
静寂の中で低く声が響き渡る。私はその声に悪寒が走った。
さっきまでの温かみが一切ない。私を客として見ているわけでも、令嬢として見ているわけでもない。
ゴードンさんから向けられたその視線は私を「敵」として見ているように思えた。
二重人格を疑ってしまうほどの変わりよう。
さっきとは違ってまたこの雰囲気を醸し出しているゴードンさんも格好いいと呑気なことを考えてしまっていた。
「私と対等に交渉をする覚悟がおありで?」
「ええ、もちろん」
私はこの緊迫した空気の中、爽やかに微笑んだ。ここで焦りを見せてはダメだ。
どんな状況下に置いても、余裕がないということを相手に悟らせてはいけないもの。
…………というか、向こうからジュリー様の情報を持っていると言ってきておいて、いざ私が情報提供を願えばこんな風に圧力をかけられるなんて、彼も大したものね。
けど、ゴードンさん、貴方の方こそ私を舐めてもらっては困るわ。
「私がお遊びでここに来ていると?」
「ご令嬢は暇を持て余しているでしょう」
さっきまでとは大違い。私を褒めていた彼はもういないようだ。
……やっぱり、本当に二重人格なんじゃないの、この人。
「暇があるということは貴族である証拠ですもの。暇があるから、身体を鍛えて、剣術を磨き、知識を蓄え、思考力を磨く。あ、後、魔法もね」
「つまり、アリシア様にとって、実際のところ、ジュリー様の情報は暇つぶしの一環で過ぎないということでしょう?」
ジュリー様の情報は機密事項が多いのかしら。そう簡単に手に入るものではないと思っていたけれど、情報を提供してくれる相手がこうも難しいとは……。
私はそれでもゴードンさんに負けまいと、笑顔のまま口を開いた。
「それの何が悪いの? 自分のことに精一杯でないことは、むしろ良いことでしょう? 私は暇よ。……暇だけど、遊んでいるわけではないわ」
私はゴードンさんの目を真っ直ぐ見てそう言った。
かつてのロアナ村のように自分に余裕すらなくなるような状況に私は陥ったことがない。だからこそ、できることがある。
私たち上流貴族はそのためにいる。暇だから、その暇な時間を有効活用しないでどうするのよ。