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「アリシア、どこに行くの?」
馬車の中でジルが訝し気に私を見る。
私は朝食の間にゴードン・オージェスの存在を思い出し、思わず家を飛び出してきてしまった。
ロゼッタが持ってきたマフィンを頬張りながら、私はこの間、彼から貰った名刺をジルに渡した。
「オージェス商会……?」
「そうよ。今からゴードン氏に会うのよ」
「アポなしで?」
「私が門前払いされるわけないでしょ。ウィリアムズ・アリシアよ?」
こういう時は己の家の権力を存分に使う。
利用できるものは利用していかないとね。家の名前を使わずに、なんて綺麗事言っていられない。最も迅速に情報を得ないといけないのよ。
「確かに、ウィリアムズ家を追い払うなんてこと絶対できるはずないもんね。……前国王の妾って絶対に悪者だよね」
「…………そうとも限らないかもしれないわ」
「え」
私の言葉にジルは驚いた表情を浮かべたが、それ以上追及してこなかった。
色々な憶測しながら、私たちはオージェス商会へと足を運んだ。
「全くアリシアは嵐みたいな子ね」
レイラは紅茶をゆっくりと口に流しこみ、ティーカップを机の上にゆっくりと置いた。
その貫禄にロゼッタや周りの侍女や執事たちは思わず見惚れていた。
「まぁ、それがアリシアの良いところさ」
ヘンリはそう言って軽く笑う。
「落ち着きのある淑女になるのは無理そうね」
「けど、気品のある良い女だ」
「あら、ヘンリは随分とアリシアを買っているのね」
ニコッとレイラがヘンリに微笑むと、ヘンリも同じように彼女に笑い返す。
「母上もアリシアのことは買っているでしょう」
「あの子は……、特別だもの」
そのどこか意味を含んだレイラの言葉にアーノルドが「そうだな」と頷いた。
「……もしかして、オージェス商会の評判の話もアリシアが関係してたりしますか?」
突然、アルバートが口を挟む。
「そうね。……オージェス商会の評判が落ちた理由がゴードンのご子息様の失態でしたっけ? ……それには一人の貴族の娘が関わっているとか」
レイラはどこか楽しそうに話す。
ヘンリはハッとアリシアのことを浮かべた。もちろん、残りの兄弟やアーノルドも脳内にアリシアを浮かべただろう。
「ダメ息子を説教したらしいわよ」
レイラは笑いながら話を続けた。
「ゴードンは息子を勘当したようね。相当手を焼いていたようだから、丁度良かったんじゃない。あの息子も学んだんじゃないかしら。世の中はそう甘くないって」
「……母上って結構怖いよな。どっから情報仕入れてるんだよ」
ボソッとアランがヘンリに呟く。
「オージェス商会というか、街の噂なんて大して知らなかったぞ、俺」
ヘンリの言葉にアランは「俺も」と同意する。レイラはそんな彼らの様子を見て、フッと口角を上げた。
「男と女では役割が違うのよ」
彼女の言葉にアーノルドはただ黙って頷いていた。