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これはウィルおじさんが視力を取り戻した日……。
『信じられない。もう一度見えるようになるなんて……。私の視覚が戻った……。こんな奇跡……。世界はこんなにも美しかったのだということをもう一度思い出すことができた。あの時、生きる意味も存在意義もなくした私にアルベールは生きろと言った。……アルベール、君の孫だ。君の孫のアリシアがもう一度私に世界を与えてくれた。ありがとう、本当にありがとう』
お礼を言うのは私の方です。
紙越しにウィルおじさんがどれほど私に感謝しているのか伝わってきた。
彼に自分の目を渡したのはただのエゴ。それがこんなにも感謝されるなんて……。
……私、悪女のはずなのにね。
私はそんなことを思いながら、とめどなく溢れてくる涙を拭いながらページを捲った。
『もう自分の使命を全うしたと思っていた。……わしは残りの人生をアリシアのために生きよう』
『斑点病の初期症状が現れた。まだ初期段階だ。しばらくは隠し通せるだろう』
『ロアナ村を解放させるために、わしが先陣を切ろう。そして、もう一度ルークと話し合おう。……こんなこと、アリシアに出会わなければ考えもしなかった。わしはこの村で命を終えるものだと思っていた』
『ロアナ村を慎重に解放させなければ、町は混沌状態になってしまう。安全を確保することが最優先だ』
『本当の罪人たちはロアナ村で元々隔離されている。解放する際、彼らを別の場所へ移そう。何より、町の治安を悪化させることを防がなければ……』
『ルークに会った。軋轢がなくなった。今も変わらずわしの可愛い弟だ』
『体調が少し優れない。斑点病が少しずつわしの体を蝕んでいる』
ロアナ村の解放や斑点病になったことや国王様と再会したこと、ここ最近のことがギュッと日記にまとめられていた。
もちろん、私がラヴァール国に国外追放されたことについても。ウィルおじさんは私をとても心配してくれていたのと同時に私を認めてくれていた。
アリシアなら大丈夫だろう、と心の底から信じていた。
私なら見知らぬ土地でも生きていく能力があることを知っていた。……誰かにこれほど信じてもらえるって幸せなことね。
日記の終盤へと差し掛かる。
ウィルおじさんの筆跡は段々と薄れていく。もはやペンをもつ筋力さえもなかったのだろう。
容赦なくウィルおじさんの体を襲っていく斑点病。
ジルについてとても評価していた。
『あの子は、本当にすごい。誇りに思う』
薄く乱れた字だったが、確かにそう書かれていた。
斑点病の治療薬を作ったことに対して、驚きとともにジルに対する尊敬の念を感じ取れた。そして、同時にジルを残してこの世を去ることに対しての心の残りも……。
『私が動けなくなってから義母が部屋にきた』
その文章で背筋の悪寒が走った。
なぜか、ジュリー様の登場でいつもドキッと心臓が跳ねる。
『無様ね、義母はそれだけ言って、ベッドで横たわる私を上から見つめた。……老けたな、と感じた。別に彼女の言葉になど今更傷つかない。ルークがいない時にわざわざ私の様子を見にきてそれだけしか言えない彼女をむしろ哀れに思った。私が知っている義母は美しく妖艶な女性だった。だが、今は随分と歳をとった』
そうよね、だって、ジュリー様ってデューク様のおばあ様にあたる人物だ。
老けていない方がおかしい。むしろ、未だに私たちにこれほどまでに強烈な印象を残しているのが凄い。
……会ったこともないのに、黒幕感がプンプンするんだもの。
『お久しぶりです、とわしが返すと、戻ってこなければ良かったのに、と睨まれる。きっと父が私の母を最後まで愛し続けたことが気に入らなかったのだろう。私は母に似ていた。女の嫉妬は怖いものだ』
ウィルおじさんが女性の嫉妬について語ってる……。なんだか新鮮ね。
というか、ウィルおじさんは生涯恋愛することなくこの世を去ったの?
恋愛のない人生。……そんな人生も悪くないのかも。