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「なんか僕が知らない間に二人の距離近くなってない?」
私の隣に座るデューク様をジルは前のソファに座りながら睨んでいる。
確かに、今までだったら私の隣に座るのはジルで、前に座るのはデューク様だった。
デューク様は応接間に入ってソファに座るなり、「アリシアはこっちだ」と半ば強引に私を隣に座らせた。
……目の前にいる方が顔を見なければならないから緊張すると思っていたけれど、横に座られる方が落ち着かない。
「ようやく俺が報われている」
「まぁ、みんなデュークには報われてほしいと思っていたから、僕は何も言わないよ」
まさかのジルがデューク様サイドだった。
ジルのことだから、アリシアの隣に座るのは僕だよ、ときつい口調で言ってくるのかと思ったのに……。まさかのめちゃくちゃデューク様側だった。
「あの、今日はこの本について話すだけよ?」
私は机の上に置いている歪な形の本を指差した。
真っ黒でいかにも不吉な予感のする本。もしかしたら、開けない方が賢明かもしれない。
「僕もこの本は初めて見る。ウィリアムズ家の本は全て読んだと思っていたのに、こんな本があったなんて知らなかったよ」
「こんなにも目立つ本を見つけない方が難しいわよね」
「アーノルドに隠されていたとか?」
「お父様が? そんなことするはずないわ。もし隠していたとしても、どうして今更表に置いたの?」
「それもそうだね。ん〜〜〜、誰の本なんだろう。なんの本なのか一切わからないもんね」
ジルはまじまじと本を見つめる。
「デュークは何か分かったの?」
ジルはデューク様の方へと視線を向ける。
「……これで開けれるか?」
デューク様は机の上にカチャッと音を立てて何かを置いた。
……鍵?
私とジルは鍵をじっと見た。アンティークのような古い鍵……、これは一体?
「どこでこれを?」
「叔父上の首にかかっていたそうだ」
ウィルおじさんの鍵? ……やっぱり、これはウィルおじさんの本ってこと?
「誰が見つけたのですか?」
「父だ」
「そんな形見をよく渡して下さいましたね」
国王様が大事に持っていたウィルおじさんの形見が今この机の上にあると思うとなんだか急に責任重大な任務を任されているような気持ちになった。
「そもそも、ウィルおじさんの本がどうしてこの家にあるの? 王家の図書室に現れるのなら分かるけど、どうしてこの家?」
「謎だらけだね」
「とりあえず、この鍵でこの本が開くか試してみるか?」
デューク様の提案に私とジルは頷いた。
「じゃあ、頼んだ」
デューク様は私に鍵を渡した。
「え? 私?」
「アリシア以外に誰がいるんだ」
「そんな大役……」
「デュークってこういうところあるよね。急にアリシアに丸投げ」
ジルの言葉に私は「本当にそう!」と心の中で大いに叫んだ。
けど、なんだか空気が少し和んだ気がする。もしかしたら、デューク様はこの張り詰めた空気をほぐしてくれたのかもしれない。
「合わなくて、壊しちゃったら……」
「所詮本と鍵だ。壊れたらその時考えれば良い」
「それはそうよね」
デューク様の言葉に私もそう即答してしまった。
いらない心配をする前に、まずは試した方がいい。じゃないと、何も始まらないもの。
私はゆっくりと本の鍵穴に鍵を差し込んだ。