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気づけば朝になっていた。
「嘘、もう日が昇ってる?」
私は真っ黒い本を握りしめながら、窓の外へと視線を移した。
無我夢中で本を開けることに集中していた。……結局開かなかったし。
本を持って図書室を出た。これは自分の手元に持っておきたい。別に家にあったものだし、持ち出しても良いだろう。
部屋に戻り、ベッドへとダイブする。
なんだか疲れたわ。……一眠りしようかしら。
寝ようか迷っていると、丁度コンコンっと誰かが扉を叩く音が響いた。……寝たふりでもしておこうかしら。
たまには応答しなくても良いわよね。私は呑気にそんなことを思いながら、図書室から持ってきた本を天井に掲げた。
こんなにも怪しい本があったのなら、絶対に気づいている。
最近この家にやってきた……?
「アリシア? 寝ているのか?」
…………デューク様!?
扉の向こう側から聞こえた声に私は思わず飛び上がる。
どうして彼がこんなところにいるのよ!
「いっつも朝早起きなアリシアがこんな時間まで寝ているなんて珍しいな……」
アルバートお兄様の声。
やっぱり「起きてます」って反応した方がいい? けど、私、パジャマのままだし。
……いや、でも私になんの用だったのかめちゃくちゃ気になるわね。
心の中で扉を開けるか否か葛藤する。ほとんど睡眠とっていないこのひどい顔を見せるのも嫌だもの。
デューク様はそんな私を見ても別に貶したりは絶対にしないのだろうけど。
「起きているけど、出たくない事情でもあるんだろう」
まるで部屋の中の私を見透かしているかのようにデューク様はそう言った。
……なんで分かったのよ!
私は声に出さず、口パクで思い切り叫んだ。
もしかして、透視能力? いや、そんな魔法はないはず。
「なんで分かるんだ?」
アルバートお兄様が私の気持ちを代弁してくれる。
「アリシアがノックで起きないはずがない。誰も気づかないような僅かな気配にも反応できるような女だぞ」
「妹が超人だったことを忘れていたよ」
褒められているのよね……?
「じゃあ、なんで出てこないんだ?」
アルバートお兄様の疑問に私は小さなため息をつき、答えることにした。
「まだパジャマのままなんです。それに、昨日あまり寝れていなくて、顔も酷いですし……」
私の言葉にアルバートお兄様が豪快に笑うのが聞こえた。
そんなに笑われると思っていなかったから、思わずビクッと体を震わしてしまう。
別に面白いことを言ったつもりはないのだけど。
「あ〜〜、俺の妹は可愛いな」
何が!?
当たり前のことを言っただけよ、私。それに、普通に考えて、王子の前にパジャマは不敬よ。
「アリシアに今のデュークの顔を見せたいな」
デューク様の顔?
それは気になるわ。一体どんな顔をしているのかしら。
「アリシアが可愛くて仕方ないって顔してるぞ」
扉越しに聞こえてきたアルバートお兄様の声に私は顔を赤らめた。
私が恥ずかしがっていることを察したのか、アルバートお兄様の楽しそうな声が部屋に響いた。
「あ〜〜、この状況を楽しめるのは俺だけか」
「早くどっかに行ってください」
私はできるだけ冷静な声でそう言った。
「分かった分かった。これ以上大事な妹の乙女心をいじめないよ」
アルバートお兄様がデューク様に「行こうか」と言い、しばらくすると二人の気配がなくなったのが分かった。
私はまだ少し赤くなっている顔を両手でおさえて、落ち着かせた。