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……私の部屋に戻って来た。
久しぶりの転移魔法。……なんだか少しだけ酔ったような気がする。
「この魔法、本当に凄いよね」
「イメージが少しでも崩れると全然違うところに飛ばされるから大変なのよ」
「魔法も大変なんだね。デュークもアリシアもさらっとしちゃうから……、二人がおかしいのは分かってるけど」
褒められているのよね……?
いや、今はそんなことよりもジュリー様のことについて色々と知りたい。
……いや、けど、メルとカーティス様がどうなるかも知りたいし、フィン様の恋愛事情も若干気になるわ!
フィン様の恋愛事情は後回しの中の後回しでいいのだけど……。
一旦、ラヴァール国のことは忘れましょ。…………それでも頭がパンクしそう。
「あ~~~!!」
私は思いっきり腹から声を出した。
ジルは突然の私の発声にギョッとした表情をして、目を見開いたまま私を見る。
「どうしよう……、アリシアが奇声あげてるよ、とうとう壊れちゃった。働きすぎだとは思ってたけど……」
「壊れてない!」
私はジルの方を向く。ジルは私の声にビクッと体を震わせ「びっくりした」と呟く。
この世界はもっと単純でルンルンな乙女ゲームの世界のはずなのに……。今の私にとってはここが現実だから、呑気なことは言っていられないけど、それでももっと気楽に生きていきたい。
「……そうよ、そう深く考えなくていいじゃない」
「どうしたの……、今度は自己解決?」
「なるようになる。一旦何も考えない!」
私が力強くそう言うと、ジルは「アリシア」と優しい声で私の肩をポンッと叩いた。
「もう少し悩んでもいいんじゃない?」
まさかジルに悩むことを推奨されるなんて……。
「いいえ、悪女は悩まないの!」
「でた! またその謎理論!」
「どうしたらいいのかしら~ってずっと悩んでいても答えなんて出ないじゃない」
「だからって考えるのやめたら、人間廃れちゃうよ」
「思考は常に巡らしているわよ!」
「じゃあ、なんで深く考えないなんていうのさ!」
「深く考えると、思考が複雑になるでしょ。もっと浅く単純に考えればいいのよ」
珍しくジルと私は言い合いになっている。
大体ジルが呆れて終わるが、今回はかなり言い返してくる。
久しぶりに会った私が怠け者になっていたと思ったのかしら……。
「所詮は他人事。……ハリスとメリーが今後どうなっても後は本人次第。オージェス商会が潰れても私は知らない。ジュリー様がウィルおじさんやデュルキス国の三賢者をハメたのだって私が復讐するのはお門違い。私は彼女から直接的に被害を受けたわけじゃない。どんな人物か気になるけれど、国王の裏にいる黒幕を潰すなんてことはしない。メルとカーティス様の恋愛事情は興味本位で首を突っ込んだだけ。私が何かをして二人をくっつけることができるなんて思っていない。……皆と同じ感情よ、本当に二人の恋愛事情がどういうものか気になっただけ。私は正義のヒーローじゃないもの」
私は貰ったゴードンの名刺を見つめながら話した。
…………私は神様じゃない。手助けはできるけれど、決断するのも、行動するのも全ては本人次第。
「世の中の正義がどういうものか分からないけど、僕にとってアリシアはヒーローだよ」
ジルは静かにそう言った。
「……それは光栄ね」
彼の言葉に思わず顔が綻んだ。
「告白って、相手を共犯者にできるでしょ。だから、私はメルを応援するの。……応援って言うか、恋愛の応援って言うより、告白の応援かな」
「……どういうこと?」
「自分が貴方のこと好きだったんだって、その事実を本人の心に刻むことができる。この感情は本物だったんだって、伝えてしまえばなかったことにはできない。恋愛は相手がいて初めて成り立つんだもの。自分だけのもので終わらせたくないでしょ?」
それに人はいつ死ぬか分からない。ウィルおじさんみたいに病気で衰弱していくんじゃなくて、突然死が訪れることもある。
明日の命なんて誰にも保証されていない。だから、想っているうちに伝えることは大切なことだと思う。
ジルは暫くたって、口を開いた。
「恋愛偏差値ゼロのアリシアがちゃんとしたこと言ってる」
「ちょっと! 失礼ね!」
「キャザー・リズもきっとそうだったんだろうね。……告白した後の彼女、吹っ切れてて、なんか嫌いだけど嫌いじゃない」
「意味わからないけど、なんか分かる気がする」
「僕の矛盾を矛盾で返さないで」
ジルは軽く笑う。
私はリズさんのことを素直に凄いと思う。望みはないと分かっていても、ただずっと一人の人を愛していたのだから。
きっと、今もなお彼女はデューク様のことを好きなのだろう。