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「条件を愛されても虚しいだけです」
……イザベラってなんだか、リズさんに少し似てるのかも。
なんとなくそんな雰囲気を感じる。さっきまで怯えていたのに、ちゃんと自分の意見を言えるのは良いことだ。
「なによ! あんたに何が分かるのよ! なんの苦労も知らない小娘にそんなこと言われたくないわよ!」
……なんだか茶番劇を見てるような気になってきた。
皆、どこかでしんどい思いをしてる。生きていれば嫌なことは必ずある。私はこのメリーの生い立ちを全く知らないから何も分からない。
聞いたところで共感も出来ないだろうし……。
私は思わずあくびをしてしまった。口元を手で覆っていると、気付けば全員の視線が私の方へと向いていた。
「え」
あくび一つで、そんなに注目されるなんて思っていなかったから、思わず間抜けな声が出てしまった。
「何?」
「よくこんな状況であくびできますね……。五大貴族だからって……。私を馬鹿にして楽しいですか? 心の中で嘲笑っているんでしょ。こうやって崩れ落ちていく私を見て楽しんでるんでしょ!」
彼女は私を力強く睨んだ。
まさかこんな風に反抗的な態度を取ってくるなど思ってもみなかったから、私はきょとんとしたまま彼女を見つめていた。
「おいメリー、やめろ」
「貴方は黙ってて!」
ハリスの言葉を彼女は一蹴する。
「もうどうなってもかまわないわよ。どのみち私は終わりだもの。これから地獄の生活を送ることに変わりはないのなら、ウィリアムズ家の令嬢に喧嘩を売ってやるわよ!」
彼女はゆっくりとふらついた足で立ち上がる。
「なにこのヒステリックおばさん」
「ジル、口が悪いわよ」
ジルの小さな呟きに私は軽く注意をする。
けど、ジルがそう言ってしまうぐらいにメリーの様子はまずい状態だった。
「そうやってアリシア様が馬鹿にしているって思うのは、貴女が今まで多くの人を馬鹿にしてきたから思うのではないですか?」
イザベラの声が店内に響いた。
……よくこの状態のメリーに言葉を掛けたわね。
「なによ!! あんた!! 私の何が悪いの? お金が全てなのよ! お金を愛して何が悪いの?」
「別に私は良いと思うわよ、条件付きの愛」
そもそも私は最初からメリーの恋愛の仕方を否定していない。
彼女は私の言葉に口を開けて固まっている。周りの皆も思いがけない私の発言に驚いていた。
「逆に、無条件に愛してもらうなんて無理じゃない?」
誰も何も答えない。このまま私の意見を言ったら、また私の独壇場になってしまわない?
……まぁ、良いわよね。悪女は目立たないと!
「恋愛なんて、自分という商品の見せつけ合いだもの。いかに自分を魅力的に見せるか。……優しさも、面白さも、性格は恋愛においての条件の一つでしょ」
「けど、愛のない恋愛なんて……」
イザベラが戸惑いながらも言葉を発した。
私は視線をメリーから彼女の方へと移した。
「愛イコールお金って人たちもいるのよ。それが価値感の違いでしょ。……経済力を武器にして女性を口説く人なんてごまんといるわ。その魅力に惹かれて幸せになれるのなら、私は別に構わないと思う。どうせ彼も自分はオージェス商会の人間だって言って彼女に近付いたのでしょ?」
「それは……」
ハリスは居心地悪そうに口を閉ざした。
「けど、お金がなくなったら?」
どこか訴えるような目でイザベラは私をじっと見つめた。
きっと彼女は私に「無償の愛」を肯定して欲しいのだろう。だけど、私はそんな女の子じゃない。
綺麗事は言えないし、聖女のような寛大な心も持っていない。ごめんね、イザベラ。
「別れればいいのよ。別れることは犯罪じゃないもの。経済力が尽きて愛せないというのなら、関係を切ればいい。愛の形は人それぞれだもの」
無償の愛はあるのかもしれない。
私は周りから愛されている方だと思う。けど、それは私が私であるから愛されているのだ。
もし、私が馬鹿で傲慢で、何も持っていない人間だったら誰も私に見向きもしないだろう。
私に付随している性格や能力全てが愛されることの一つの要因なのだ。
「貴女が経済力を優先して恋愛することは誰も咎めないわ。ただ、貴女が経済力を持つ者に選ばれるかは別の話だけど」
私はメリーを見つめながら静かにそう言った。