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「あ? てめえ誰だよ」
苛立ちながら男は視線を私の方へと移した。
お金があっても、その言葉遣いで誰も相手してくれないわよ。
私はそんなことを思いながら、彼を見下すように見つめた。その視線に気付いたのか、彼はますます顔をしかめた。
「あんた、自分の立場が分かってるのか? 俺の父親はオージェス商会の会長だぞ?」
どうやら私の態度が気に食わなかったのか、彼が先に自己紹介をしてくれた。
……オージェス商会。そこまで大きな商会じゃなかった気がするけれど、聞いたことある。
うちも、この商会が取り扱っているジュエリーをいくつか購入したことがあったんじゃないかしら。
全然宝石とかアクセサリーとか興味なかったけれど、それぐらいは知っている。
二度とここで買い物しないように両親に言わないとね。
……それに、親の力が凄いのであって、貴方自身何の取り柄もないじゃない。
「貴方の価値は?」
私は侮蔑するように彼を見つめた。相当圧をかけている。……悪女はこういう時に役に立つのよ。
少したじろぐ様子を見て、弱き者の前でしか威張れない彼に嫌悪感を抱く。
「お前……、オージェス商会を知らないのか? 俺はそこの」
「言葉遣いも教えてもらってないのね。世間知らずは恥をかくわよ。……貴方でなくお父様が」
私は彼の言葉を遮るように言葉を放った。
彼に「お前」と言われるのは虫唾が走る。
この坊ちゃんは、自分でオージェス商会の名を落としていることをそろそろ自覚した方が良い。
「私からすれば、貴方なんてその踏みつけたハンカチよりも価値がないわよ」
久しぶりにこんなにも冷たい声を出した。
それぐらい私は無意識下で彼に腹が立っていたのだろう。
「黙って聞いてたら、いい加減にしろよ。馬鹿にしやがって! ……俺がこんな布よりも価値がないわけないだろ!」
もはや彼が可哀想になってきたわ。
この男が子どもだったら、まだこれから改善の余地はあったのに……。ここまでくると救いようがないわね。
「私が素敵だと思ったのよ? 貴方に魅力は一切感じないけれど、このハンカチにはとても魅力を感じるもの」
「……気色悪い女」
彼はそう言って表情を歪めた。
あら、最高の誉め言葉じゃない! 悪女は貶されてこそ!
自分中心の世界だもの。私が素敵だと思えば、それは良いもの。逆も然り。
「コイル国の模様なんて吐き気がするわ!」
彼の隣にいた女性が口を開いた。
別にデュルキス国とコイル国はそこまで不仲じゃない。ただコイル国がラヴァール国の傘下ってだけ。
そこまで嫌う必要ある……?
「本当に見る目のない人たち」
私は思わず声を出して笑いそうになった。
その様子が癇に障ったのか、男女は思い切り私のことを睨みつけた。