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「ここか? コイル国の伝統的なデザインの刺繍が入ったハンカチ屋っていうのは」
男性の方がこの店を小馬鹿にするように話し始めた。
その隣で厚化粧をしている女性がフフフッと鼻で笑っている。
二人とも別に若者ではない。ちゃんと大人だ。……それなのに、こんな煽るような話し方。
見ているこっちが恥ずかしいわ。
「そうです。コイル国のデザインで作っております」
失礼な客に臆することなく店主は穏やかな口調でそう言った。
ジルは隣でじっと男女二人を睨んでいる。
そりゃそうよね。一番ジルの嫌いなタイプだもの。
……それにしても、これコイル国のデザインだったのね。どおりで個性的だと思ったのよ。
自分と違う国の文化に触れられるなんて素敵な場所だわ。
「ただのパクリだってことか」
この男性は揶揄するためだけにこの店に足を運んだの?
あまりにも上から目線な喋り方に私も少し苛立ちを覚えた。
「いえ」
「イザベラ」
女の子が反抗しようとしたのと同時に店主は彼女の名前を呼んで、制した。
こういう失礼な客の相手は店主がするってことかしら。
「美しい文化に感銘し、その文化を受け入れたのです」
「ああ? 誰の許可を得て受け入れたんだよ」
別に許可なんていらないでしょ。
本人たちが異文化に触れて、魅力を感じて、それをデュルキス国に持って帰ってきて、何が悪いのよ。
ここは私の出る幕じゃないことは百も承知だけど、思わず声を出してしまいそうになった。
それぐらい彼らの態度が癪に障る。
「てめえらのこんなハンカチなんて、この街じゃ売れねえんだよ」
それは貴方たちの決めることじゃないでしょ。
私は心の中で思い切り彼らに反抗する。
店主、私が許可するわ。この男をぶん殴っても良いわよ。
「街のみんなが言ってるぜ。あそこの店はデュルキス国を捨てたって」
嘲笑しながら、彼は近くにあったハンカチを一枚とった。淡いオレンジ色の布に、紺色で丁寧に不思議な模様が刺繍されている。
「俺は優しいから、大切なことをわざわざ教えにきてやったんだよ。……こんなものっ」
そう言って、彼は握っていたハンカチを地面に落とし、思い切り踏んづけた。
素敵なハンカチが一瞬で泥まみれになる。
イザベラが涙目でじっとハンカチを見つめていた。店主も眉間に皺を寄せている。
ジルが怒りのあまり前に出ようとしたのを私は右手をジルの前にして止めた。
どうして彼に言い返さないのかしら……。立場上なにも言えないとか?
……富と権力の使い方を教わらなかったのかしら?
本当なら、思いっきり拳を入れたいところだけど、私は悪女よ。
そんな感情を剝き出しにして、短気なところを見せてはいけないわ。高貴でないと……。
私は怒りを隠しながら、彼らに微笑んだ。
「貴方たち、偉いの?」