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「何故って……」
ヘンリお兄様は驚いた表情を浮かべる。
……あら。何か変なこと聞いたかしら。割と普通の疑問だったのだけど。
「……あ! もしかして、野生の狼のことですか? それなら解決しました。やっぱりあれはデュルキス国の聖女のことを」
「違う」
私の言葉に被せるようにヘンリお兄様はそう言った。
「じゃあ、私がラヴァール国に心を売ったとでも考えているんですか?」
「違う。……そうなのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
私はジトッとヘンリお兄様を見る。
生まれも育ちもデュルキス国なのに、フラッと過ごした国に心を売るわけがない。こう見えても愛国心はある。
あんなの短期留学よ。
「もしかして、ラヴァール国で力を身につけて私がこの国を支配しようと企んでいると」
「違う」
ヘンリお兄様は強い口調でどこか呆れながらそう言った。
私、自分のこと結構勘がするどい方だと思っていたけど違うみたい。
どうしてそんなに私をラヴァール国へ行かせたくないのかしら。私がウィリアムズ家の後継ぎだったら話は別だったけど……。
ただの令嬢よ?
それに、デュルキス国に帰国してから、ほとんどラヴァール国のことを誰にも話していない。
王子たちやライのこと、キイやクシャナのことさえも言っていない。
「…………ヘンリお兄様」
私は目を細めてヘンリお兄様の方へと視線を向ける。
「なんだ?」
「私がラヴァール国の王子に心を奪われたと」
「違う! もしそうなら、また話は変わってくるけど!」
「アリシア、それ以上はやめてやれ。ヘンリが可哀想になってきた」
アルバートお兄様が会話に割り込んでくる。
フィン様とカーティス様はどこか楽しそうにヘンリお兄様を見ている。
何が可哀想なのか分からない。理由を教えて貰えない私の方が可哀想じゃない……?
アルバートお兄様はどうしてヘンリお兄様が私をラヴァール国へ行かせたくないのか分かるのかしら。
いつからそんな超能力を身につけたのよ。
「可愛い妹が心配だからだよ」
アルバートお兄様は優しい声でヘンリお兄様は不服そうな表情を浮かべた。
…………しんぱい。
ラヴァール国に行かせたくない理由が、ただ妹を心配して? それだけ?
私はその回答に思わず拍子抜けした。
「その選択肢がなかったのはアリシアっぽいよね」
フィン様は楽しそうに笑顔でそう言った。
「あそこまで外されると恥ずかしいよな」
カーティス様はハハッと声を上げて笑う。
「まぁ、アリはこういう子なんだよな」
ヘンリお兄様ははぁッと小さくため息をつく。アルバートお兄様はその言葉に大きく頷いていた。
これは……、誉め言葉じゃないわよね?
まぁ、悪女だから褒められない方が悪女ポイントは増えるんだろうけど、なんだかこれに関しては複雑な気分。
「ラヴァール国は、意外と安全な国でしたよ」
入国して早々、闘技場でライオンと戦うことになるような場所がはたして安全なのかどうかはよく分からないけれど……。