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「どういうことですか?」
私はフィン様へと視線を向けた。彼は笑顔を崩さない。
フィン様は本当に何を考えているのか読めない。
「ヘンリはアリシアのことが大好きだからね。それに今までだって何か集まりがあるとすれば、リズのことかアリシアのことだったもんね」
「ですが、今までとは随分と状況が変わりました」
私はフィン様の眩しい笑顔に負けずに、ニッコリと微笑んだ。
「……まぁ、ヘンリが朝から俺たちを呼んだってことは、アリシアに会わせたくなかったんだろうけどな」
カーティス様が会話に割り込んでくる。
確かにそうよね。……けど、私がこの屋敷に住んでいる以上、来客と会わないなんて結構無理があるわよね?
「アリシアが朝早くから庭で剣を振り回していることを予測していなかったヘンリが悪いんだよ」
「ああ。あいつが悪い。俺たちはここでアリシアが汗だくになりながら剣を振り回しているなんて思ってもみなかったんだから」
「アリシアのやりそうなことではあるけどね」
……さっきから二人ともどこか失礼じゃない?
それに剣を振り回しているって言い方! 剣の稽古をしているって言ってよ!
私は二人を軽く睨んだ。フィン様はそんな私を見ても楽しそうに笑っている。
彼に恐怖心というものはないのだろうか。……そう言えば、フィン様が怯えているとこを見たことがない。
「それにしても驚いたよね!」
フィン様の言葉に私は首を傾げる。彼は目を輝かせながら私を見つめている。
「だって、あのアルバートが一度も勝てなかったんだよ!」
「俺達の中でもかなり強い方なのにな」
カーティス様、その一言は余計にアルバートお兄様の心をえぐります。
というか、フィン様も容赦ない。もう少しフォローしてあげてよ。私の立場からじゃ何も言えないのだから。
女の子に負けること自体も屈辱的なはず。それなのに、五つも離れた妹って考えるとプライドがズタズタだ。
私は誰にも舐められないぐらい強くなりたかったし、それなりに鍛錬も積んできた。人並み以上にしないと男性と同等になれない。
だからこそ、人並の数十倍の鍛錬を日々重ねてきた。
私にもプライドがある。今まで必死に足掻いて、腕を磨いてきたのだもの。
見くびってもらっては困る。
……って考えると、クシャナのあの威力はバケモノね。
洗練されていて、無駄な動きが一切なかった。それに、あの腕力。勝てなかったけど、彼女と戦えたことを誇りに思う。
「なんか、アルバート傷ついてない?」
ちょっとフィン様!
天使の顔でお兄様になんてこと聞いているのよ! 泣いてしまうわよ!
カーティス様もフィン様の言葉には「それは言ってやるな」と気を遣っている。
けど、お兄様からしたらこの気遣いが逆効果になるだろう。
「……アリシアが強いことは知っていたから別に傷ついてはいない。ただ自分があまりにも不甲斐ないだけだ」
誰も何も言えない気まずい空気が流れる。
フィン様は自分の発したことを悪いと思っている様子は一切ない。むしろ彼は「何か言ってあげて」という目で私を見つめてくる。
……もしかしたら、これがフィン様なりの配慮なのかもしれない。
私はフゥっと小さく息を吐いて、言葉を発した。
「ここから強くなればいいのです。剣術なんてただのスキル。幸いなことに、スキルは鍛錬を積めばいくらでも磨くことができます」
私は慰めの言葉をかけるような人間じゃない。
可愛い妹にはなれない。……けど、それでいい。