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ウィルおじいさんの元へ行くとジルが部屋の隅にいた。
もう苦しんでないみたいね。私は胸を撫で下ろした。
「どうしてそんなとこにいるの?」
私が声を掛けたらジルがゆっくりこっちを向いた。
ジルのこげ茶色のボサボサの髪の毛に灰色の瞳。
綺麗な灰色の瞳なのに暗く淀んでいる。絶望の中にいるみたいだわ。
「私はアリシアよ」
ジルにそう言っても全く反応がない。ただじっと私を見ているだけ。
どうしたのかしら。これは反抗期?
六歳で反抗期なんてくるのかしら。
「心を閉ざしてしまっているんじゃ」
「ウィルおじいさんにも?」
「いや、わしにはそんな事はないが……」
ならなんとしても私に心を開かせてみせるわ。
悪女は人より劣ってはいけないのよ。
「ジルは人が怖いんじゃ」
ウィルおじいさんがそう言った。
そりゃそうよね、あんな経験して人が怖くないほうがおかしいわ。
殴られて、それを皆が見て見ぬふり……。みんな弱いのね。
弱いもの虐めなんて自分に自信がない人がするのよ。
真の悪女はそんな事しないもの。
「アリシアならジルの心を開かせる事が出来るはずだ」
何の根拠もないけれど、ウィルおじいさんの言葉は私に自信をくれるわ。
けど、心を開くっていっても私は聖女みたいな言葉をかける事はできないし、綺麗事なんて大嫌いなんだもの。困ったわ。
こういう時、リズさんなら一瞬でジルと仲良くなれるんだわ。
……ってリズさんが一瞬で仲良く出来るんなら、私も一瞬で仲良くなれないと!
リズさんを虐める時に私の方が劣っていたら虐められないもの。
私は自分の両頬を叩いて気を引き締めた。
悪女らしく喝を入れてやるわ。
「ねぇ、ジル。人が怖いですって? 笑わせないで。じゃあ、どうして死ななかったの?」
ジルが私をじっと見つめる。
「人が怖くて関われないのなら、死んだ方が良かったんじゃない? 貴方がこれから生きていく世界は人で溢れているのよ。一生この部屋の隅にいるつもり?」
私に対して怒りなさい。
そんな感情のない目で見ないで欲しいわ。
「あのまま死ぬ事だって出来たはずでしょ? あんなにも高熱を出して頭から血を流して……。生きたいって思わない限りあのまま死んでいたはずよね? 確かに私があなたに薬を与えたわ。私のただの自己満足で薬を持ってきたのよ。けど貴方はその薬の入った水を飲み込まないって選択肢もあったはずでしょ?」
ジルが私を軽く睨む。
やっぱり私、人を怒らす事の出来る天才なのかもしれないわ。
「せっかく生きていられるのに、怖いものから逃げ続けるの? 貴方が自分で選んだ選択でしょ?」
「違う……」
ジルが小さく口を動かした。
やった! ついに喋ったわ。この瞬間をリズさんに見せてあげたいわ。
「違う? そんな風に見えないけど」
「なにが分かるんだよ。あんたら貴族に……」
ジルが私を凄い形相で睨みながらそう言った。
「な~んにも分からないわ。だって暮らしていた世界が違うんだもの」
私はあえて馬鹿にした顔を作ってそう言った。
ジルが今にも私を殺しそうな目を向ける。
「でも、私は貴方を助けたのよ。私にも責任があるわ」
「は?」
「ジルが生きたくないのに私が生かしてしまったのかもしれない、だから貴方が死にたいというなら私が殺してあげますわ」
私は目を開いてジルを見た。