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私たちは家に戻り、たっぷりと睡眠をとった。
五大貴族の令嬢としてはタブーなのかもしれないけれど、私の大きなベッドで手を繋ぎながら眠った。
久しぶりにこんなにもゆっくりと眠ったかもしれない。蓄積していた全ての疲労が取れたような気がする。
国外追放される前も、された後も、帰って来た後も、ずっとせわしない日々が続いていた。
ゆっくりと瞼を開けて、朝になっていることを確認する。
……こんなにも死んだように眠ったのはいつぶりかしら。
私は隣でまだ眠っているジルへと視線を向ける。
彼がこんなにも気を許して寝ている姿を見るのも珍しい。
ずっと気を張っていたのだろう。斑点病の治療薬を作るなんて常人の技じゃないものね。
……そこからのウィルおじさんの死。とてもじゃないけれど、まともに睡眠をとっているとは思えない。
私はそっとジルと繋いでいた手を離して、ベッドから出た。
窓の方へと足を進め、外の様子を眺める。まだ外は薄暗く、早朝の涼しさを感じる。
…………あれはアルバートお兄様?
庭でアルバートお兄様が剣の稽古をしていた。
昔の自分を見ているような気持ちになった。というか、アルバートお兄様はこんな朝早くから剣の稽古なんてしないはず。
もしかして、私が「尊厳を取り戻して」なんて言ったからかしら。
お兄様の真剣な表情を見ていると、自分も何かしなければ、という気持ちになる。
デュルキス国でしなければならないこともあるけれど、私はラヴァール国にまた行かなければならない。
クシャナとの約束も守らないといけないし、なによりリオの斑点病が無事に治ったのかも気になるもの。
私はジルを残して、稽古着に着替えて、剣を取り、部屋を出た。
とりあえず、考えをまとめる時は素振り!
ごちゃごちゃ考えていても仕方がない。考えている暇があるなら、鍛えた方が良いわ!
駆け足で庭に出て、「お兄様!」と声を掛ける。
すぐにアルバートお兄様は私に気付いて、手を止めた。
「アリ」
少し息を切らしながら、私の名前を呼ぶ。
額には汗が滲んでおり、随分と稽古をしていたことが分かる。
お兄様って真面目よね……。兄弟の中で一番真面目だし、一番優しい気がする。ザ・長男。
「おはようございます」
「おはよう。ゆっくり眠れたかい?」
「ええ、とても」
「それは良かった。アリだけでなく、ジルにも無理をさせてしまっていたのかもしれない」
眉をひそめながらそう言ったお兄様に私は少しだけ間を置いてから答えた。
「そこは気になさらなくて大丈夫だと思います。ジルは自己満足で動いていただけだし……」
「相変わらず厳しいな」
ハハッと声を出してアルバートお兄様は笑った。
少し会わないうちに随分と大人になった気がする。お兄様だけじゃなくて、皆、大人になったのよね。
「自分勝手な行動が後に世の為になるだけです。……だから、ジルは悪役向きじゃない」
私は最後に一言ボソッと呟いた。
きっと、アルバートお兄様に聞こえていたのだろう。彼は目を丸くして私を見つめた。
「アリシアは悪役向きなのか?」
「むしろ、今まで私を見ていて良い人だと思った瞬間がありましたか?」
私は皮肉を言うような表情を浮かべた。
幼い頃から悪女らしい表情をしてきた私にとって、いつどんな瞬間でも悪い顔を作ることができる。
プロフィールに書いておきましょ。特技はいつ何時でも悪い表情を作ることができるって。