442
その日はあまりにも疲れてしまっていて、そのまま家に帰った。
皆と会話する気力がそこまで残っていなかった。
ウィルおじさんの死が私にとってかなり大きいダメージを与えていた。気丈に振舞っていても、心は泣いていた。
うとうとしながら馬車に乗ったのを覚えている。馬車に乗ってからの記憶はないけれど……。
眠った私を部屋へと運んでくれたのはアルバートお兄様かしら?
もしかしたらヘンリお兄様かもしれない。……まぁ、どっちでもいいわね。
私はベッドから目を覚まし、グッと手を天井へと伸ばす。
「やっぱり自分の部屋は落ち着くわね」
前と全く変わっていない部屋を見渡す。
昨日の疲れは全てなくなっていた。体力も回復したし……、ただ、やっぱり精神面はきつい。
ウィルおじさんを失ったことは、私の心の中にぽっかりと穴が空いたような感覚。この喪失感を埋めるのには暫く時間がかかると思う。
私はベッドから降りて、窓の方へと近づいた。朝日が庭を照らしている。
心地の良い朝だわ。剣の稽古でもしようかしら……。
メイドたちが朝から動いている様子が見えた。上からだとこの屋敷の人たちの動きがよく分かる。
庭師は朝早くから屋敷の花壇を綺麗にしているし、メイドは洗濯物を干し始めている。
大切な人が死んでも世界は動き続けるのだな、と実感した。
コンコンッと部屋の扉の音が響く。
「アリシアお嬢様、ロゼッタです」
久しぶりに聞く声に心が熱くなった。
「ロゼ!」
私がそう言ったのと同時に扉が開いた。彼女の元へと駆け寄っていく。
そのまま彼女に抱き着いた。ロゼも「お嬢様」と私のことを抱きしめてくれた。
ああ、なんて懐かしいのかしら。
ロゼの前だと変に気を張らなくていい。私のことを幼い頃から一番近くで見てきた侍女だもの。
「お嬢様は随分と雰囲気が変わられましたね」
そう言うロゼは全く変わっていない。
私が幼い頃からずっと同じままだ。だからこそ、安心する。
「そうかしら?」
私が首を傾げると、彼女は大きく頷いた。
「はい! 貫禄があるというか、より一層美しくなられました。お嬢様みたいな方を傾国の美女って言うのだと思います」
「私なんてまだまだ未熟者よ」
「…………何言っているんですか。お嬢様が未熟者なら、全人類赤子です」
ロゼッタは真顔でそう言った。
私はその言葉に思わず吹き出しそうになった。彼女はこれからも彼女のままでいてほしい。
「ロゼ、貴女は私が最も信頼している侍女よ」
私が彼女に微笑むと、ロゼの表情が急に赤くなった。
あら、可愛い一面もあるのね。
「お嬢様、それはズルいです」
ロゼは少し間を置いてから、もう一度声を発した。
「私は何があってもお嬢様の味方です」
その言葉に嘘偽りがないことは理解出来た。真っすぐなその思いが私を少し救ってくれた。
ありがとう、とロゼに聞こえるか聞こえないかの声で小さく呟いた。