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暫く沈黙が続き、妙な緊張感があった。
……ちょっと強く言い過ぎたかしら? でも、悪女はこれぐらいがいいわよね?
「相変わらず容赦ないねぇ」
「……そこに魅了されるんだろうな」
ヘンリお兄様とアランお兄様の小さな声で会話しているのが耳に入って来た。
昔みたいな距離感の近さではないけれど、彼らの仲が良くなっていることは明らかだった。
……やっぱりリズさんの魅惑の魔法のパワーって強力だったのね。
「気付くのが遅いんだよ」と、ジルがボソッと呟いた。
私は彼らの言葉を無視して、アルバートお兄様の言葉を待った。彼は私の方をじっと見つめて、言葉を発した。
「それが俺の償いか?」
「ええ」
「……優しいな」
アルバートお兄様は柔らかな笑みを浮かべた。
美形だなぁ、と思わず心の中で呟く。兄だと認識しているけれど、格好いい。
「……え、優しい?」
少し間があった後に私はアルバートお兄様の言葉に反応した。「ああ」と頷くアルバートお兄様に思わず「どこが?」と声を上げてしまう。
あのセリフのどこが優しかったのよ。
妹にあんな上から目線の台詞言われるなんて怒ってもいい。私ならアルバートお兄様みたいな笑顔を作れない。
「優しさを見抜くのは難しい。残酷の中にあったり、厳しさの中にあるからな。……ただ、俯瞰的に考えれば、アリの優しさはとても真っすぐで温かい」
何も言い返せなくなる。
リズさんに会う前は、アルバートお兄様に賢い人なのだなと思わされる節が多々あった。それを今になってもう一度痛感する。
妹想いのお兄様だからこそ気付くだけかもしれない。ただ、そのことを口にするのは恥ずかしい。
「私は別に優しくないわ」
アルバートお兄様から少し目を逸らす。
なにかしら、この居心地の悪い感じ……。いつもみたいに皆に軽蔑の目を向けられている方が堂々としてられる。
「俺らの妹可愛くね?」
「アリちゃんは昔から可愛いよね~~」
ヘンリお兄様の言葉にカーティス様がニヤニヤしながら私の方を見ている。
ああ! もう本当に嫌! そういうセリフはリズさんに言ってよ。
私は彼らの言葉に反応もせず、目も合わさない。そんな私に国王様が「アリシア」と声を掛けた。
その低く重たい口調に私は少しだけ体を震わせて、彼の方へと振り向いた。
怒っているのかと思ったけれど、その表情に少しも怒りを感じられなかった。むしろ、久しぶりに帰って来た我が子を見ているような表情。
私は「陛下」と深くお辞儀をした。「頭を上げよ」という言葉で私はゆっくりと頭を上げた。
彼はウィルおじさんの遺体に抱きついた私を責めることなく、朗らかな口調で話し始めた。
「よく無事に帰って来た」
「私を叱らないのですか?」
「何故叱る必要がある?」
私の質問に驚いたのか、国王様は目を丸くする。
逆質問されるとは思わなかった。私は言葉に詰まってしまう。彼は私の様子を少し見つめながら、声を発した。
「叱ってほしいのか?」
「いえ、そういうわけでは……。ただ、私の行為が無礼であったのではと」
「最後に君が触れてくれたことに兄上はきっと喜んでいる」
「……そうだと良いです」
私が少し自信なさそうに答えると、国王様はハハッと笑い声を上げる。
どこか嘘くさく見えたが、あえて何も気付かない振りをした。
慕っていた兄が亡くなったのだもの。笑顔を作れているだけでも凄い。国王は家族の葬儀でも泣いてはいけない職業なのね。
……本当に窮屈な世界。