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戻って来たけれど、私はまたデュルキス国を出て行くだろう。
次は簡単に出て行くことが出来るかどうか分からないけれど……。前回は罪人だったからすんなりラヴァール国に入ることが出来た。
私がメルの質問に黙っていると、ジルが口を開いた。
「その反応はまた行っちゃうんだね」
何も言えず、私は苦笑した。
「アリは一つの国に収まる器じゃないもんな」
アルバートお兄様の声が聞こえた。
あら、この感じのアルバートお兄様久しぶりだわ。幼少期ぶりじゃないかしらってぐらい。
この妹想いの瞳をもう死ぬまで見ることはないと思っていた。これも全部魅惑の魔法が解けたから……?
なんだか複雑な気持ちになってしまう。
前までの敵対心があるからこそ、私は悪女として輝けたのに……。
「本当にすまなかった」
彼はリズさん同様深く頭を下げた。
まさかそんな行動をとるとは想像もしていなかった。私は固まったまま彼をじっと見つめる。
え!? 何が!? お兄様は何に謝っているの? 私の立場忘れてない?
国外追放級の罪人なのよ。死ぬまで自慢できるような称号を手に入れることが出来たのだから。なんなら、私が頭を下げてお礼を言う立場なのだけど……。
聖女も攻略対象者も悪役令嬢に頭を下げる必要なんてない。
「アリを勘違いしていた。あの時は自分を見失っていたのかもしれない。守ってやれなくてすまなかった。償いは何でもする」
私は思わず「その勘違いは正しいです!」と叫びそうになった。
お兄様は私を守らなくていいのよ? リズさんを守って?
混乱する状況に心を落ち着かせる。
償いを望んでいるわけじゃないけれど、ここは悪女になりきらないと! ここで挽回!
このままだと私が「良い人」になってしまう。嫌だもの、そんな未来。
「償い、ねぇ」と私は悪女っぽくアルバートお兄様を見下げるようにして呟いた。
今の私は悪い笑顔として教科書に掲載されるんじゃないかしらってぐらい素晴らしい笑みを浮かべている。
アルバートお兄様は私の言葉に反応して頭をゆっくりと上げた。彼の紫色の瞳に私が映っている。
自分の左目が戻ったことを改めて確認する。少しだけ言葉に詰まる。
私は悲しみを覆い隠し、彼にニコッと微笑んだ。
「アルバートお兄様の尊厳を取り戻してください」
彼は「え」ときょとんとした表情をする。
一体どういう答えを望んでいたのだろう。私に対してもっと優しくしてください、とか言われると思っていたのだろうか。
この私がそんなこと言うわけないでしょ。
このままアルバートお兄様が嫌がるような言葉をどんどん言っていこう。
「自分を見失うなんてウィリアムズ家の恥です。アルバートお兄様は五大貴族ウィリアムズ家の長男なのよ? ご自分の立場を忘れないで。これから先、国を揺らがすような大きな決断をする時に『自分を見失っていた』なんて言い訳は通用しませんわ。ご自分の判断に責任を持って下さい。だから、リズさんの味方であり、私を敵だと認識していた過去を悔やみ、私に何か償いをしようと思う暇があれば、ウィリアムズ・アルバートとしての威厳を取り戻して」
私は決して目を逸らさず、アルバートお兄様にそう言った。
やっぱり私は可愛げのない妹だと思う。
こういう時に「償いなんていりませんわ。そのお気持ちだけで充分です」って言えたら良かったのだろうけど……。
私にはそんないい子ちゃんは向いていない。