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「そう? それなら良かった」
あら、いつものエンジェルスマイルじゃない。
やっぱり私がいない間に彼女自身が大きく変わったのかしら。
思わずきょとんとしながらリズさんを見つめる。彼女は話を続けた。
「アリシアちゃん、おかえりなさい。……それとごめんなさい」
リズさんが私に頭を下げた。
一体どういうこと!?
今までの雰囲気とは違うことは察していたけれど、まさか彼女が私に向かってこんな風に謝るなんて思いもしなかった。
彼女は聖女なのよ、悪女の私に謝る必要なんて全くないじゃない。
このままだと私の悪女としての威厳が失われてしまう。
「どうして貴女が謝るの?」
「あの時の私はあまりにも浅はかだったから」
頭を上げてリズさんは真っすぐ私を見つめた。その力強い瞳に思わず釘付けになった。
いつからそんな目をするようになったの……。
「私ね、アリシアちゃんに嫉妬してたの。デュークを想う気持ちは誰よりもあるって思っていたのに、彼はちっとも私を見てくれないんだもの。聖女と言われる私より、悪役として生きている女の子の方が好きなんだって」
彼女はそう言って少し意地悪そうに笑った。
なんだかさらっととても恥ずかしいことを言われたような気がする。リズさんは話を続けた。
「だから、もう私は私でいっかな~~って。無理して良い子にならなくても……、まぁ、良い子である私も私だったんだけど」
「道理で良い顔をしているわけね」
ボソッと呟いた私の言葉にリズさんは反応した。
「アリシアちゃんは、前の私よりも今の方が好き?」
「ええ、今の方が人間臭さを感じるもの」
「それは良かったわ」
彼女はとても嬉しそうに笑みを浮かべた。
綺麗だな、と素直に思った。今まで見た彼女の笑顔の中で、最も輝いて見えた。
……何? 私に認めて欲しかったの?
…………いや、まって、彼女が私と敵対しなかったら悪女になれないんじゃない?
確かに今のリズさんの方が素敵だし、魅力的だと思う。けど、聖女という立場を降りられたら、私はどうすればいいのよ!!
「ねぇ、ジル」
「何?」
「これって皆仲良くハッピーエンド?」
「いや、問題は山積みだから大丈夫。アリシアが悪女になれるチャンスはまだまだあるよ」
ジルは私の言いたいことを察していたのか、すぐにそう答えた。
「リズさん信者の方々は?」
「……まぁ、見ての通り魅惑の魔法は解けてるよね」
「そうよね」
私は思わず肩をガクッと落としてしまう。
魅惑の魔法は厄介だったけれど、今思えば、私が悪女として生きていくためには必要な魔法だった。
それがあるから、皆が私に嫌悪感を抱いていたのに……。
「なぁ、なんでアリは落ち込んでるんだ? 普通喜ぶところだろ」
「変なんだよ。俺らの妹は」
「確かに昔から変わってはいたな」
アランお兄様とヘンリお兄様の会話が聞こえた。
なんか失礼なことを言われているような気もするけれど、今は触れないでおこう。
「絶対アリシアが聖女になったなんて言わないでおこう」
ヘンリお兄様が蚊の鳴くような声でボソッと何か呟いた。
だが、メルの「アリアリはこれからもここにいるよね!?」という声が見事に重なり、ヘンリお兄様の言葉を聞き取ることが出来なかった。