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「兄上の最後の願いだ。……火葬を行う」
え、火葬?
私は予想していなかった言葉に驚く。彼は話を続けた。
「跡形もなくこの世から去りたいそうだ」
……確かにウィルおじさんらしいと言えばウィルおじさんらしい。
この世界から全て消えてしまうなんて想像もしていなかった。私は彼の形見を何一つ持っていない。
国王様は「デレク頼んだ」と小さな声で呟いた。
火属性のハドソン家の当主、エリック様の父の名前。デレク様は「はい」と真剣な目を国王様に向けて頷いた。
待って……。待って、まだ私の心の準備が出来ていない。
私は固まったまま棺を見つめていた。
私の体よ、動いて!! 今しかないのよ!
デレク様はウィルおじさんの足元であると思われる方へと足を進めた。そして、ゆっくりと棺に手を触れる。
「どうか、安らかにお眠りください」
デレク様はそう言って、スッと目を閉じゆっくりと棺を燃やし始めた。
その瞬間、私は駆け出していた。「アリシアっ」というデューク様の声を無視して、ジルの横を通り過ぎ、ウィルおじさんの元へと向かった。
棺を前にして、ウィルおじさんの顔を見つめた。私は一瞬にしてその場に崩れ落ちた。
品がない、常識がない、と分かっていても、ウィルおじさんに抱きつかずにはいられなかった。私がこの中で一番子どもなのかもしれない。
どんどん棺が熱くなっていく。
「くっそ、アリシアの魔力が強いせいで魔法が解けた」
デューク様が何か言っていたが、内容は分からなかった。ただ皆が私の存在に気付いたということだけは分かった。
国王様にこんな姿を見られているから、きっと私は重罪だろう。それでもいい、それでもいいからウィルおじさんを最後に抱きしめたかった。
驚くほどに細く、冷たくなったウィルおじさん。
デューク様が私の元へと駆けつけて来て、私を遺体から引きはがそうとする。
「アリシア、危ない」
私はデューク様の言葉に耳も傾けず、熱を帯びる棺から離れようとしなかった。
気付けば、子どものように泣きじゃくっていた。脳と心が上手くリンクしていない。大切な人の死がこれほど心を乱すものだと思わなかった。
もう泣かないとあの花畑で覚悟を決めたはずなのに……。
八歳の頃にウィルおじさんと初めて出会い、私の人生を変えてくれた大きな存在。
「お願い、いかないで」
いつもの私じゃないみたいだった。遺体を目にして悲しみが一気に押し寄せてきた。目の前の苦しさにどう対処すればいいか分からず、思うままに言葉を発してしまう。
ウィルおじさんの前だと、まだ未熟な少女でいられた。
遺体を埋葬する火の魔法は、一度かけてしまうと途中で中断出来ないことは知っている。
デューク様が「ちっ」と軽く舌打ちをした瞬間、急に熱さを感じなくなった。
水の魔法だろう。またデューク様に助けられたのだと痛感する。デューク様の力に敵わず私はそのままウィルおじさんの遺体から引きはがされた。
本当に小さな子どものように泣きわめいた。恥ずかしさなど感じず、ただ動かなくなったウィルおじさんに叫んだ。
「ウィル、おじさん……! まだまだ、教えてもらいたいこと……が沢山ありました」
私は彼の生前にちゃんとしたお別れをしていない。
花畑で幻想の彼に会っただけだ。……リアルなウィルおじさんは痩せこけていて、弱り切っていた。
死化粧をしていても、彼がどれだけこの世を必死に生き抜き、命が消えるその瞬間まで病気と闘っていたことが分かる。
現実はこれほどにも残酷なのだとつきつけられた。
「消えないで」
そんな私の言葉もむなしく、彼はデレク様の魔法により燃やされた。火の魔法が彼を覆い包み、光を発しながらそっと消えた。
その瞬間、真っ赤な小さな光が一つの鳥に変わって宙を舞った。
「……フェニックス」
ジルの弱々しい声が聞こえた。きっと、彼も泣き疲れていて声がでないのだろう。
その美しい鳥は勢いよく空へと羽ばたき、消えて行った。