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……速すぎない!? 人間が二人も乗っているのよ!?
一人で一頭乗るよりも断然速い。
世界チャンピオンになれるんじゃないかしら。こんなにも素晴らしい馬を用意してくれるなんて……。
クシャナが用意してくれた馬の速度に驚きを隠せない。
デュルキス国に一刻も早く帰りたいから、速ければ速いほど嬉しいのだけれど、この速度がずっと保てるか不安になる。
デューク様も私と同じことを考えていたのか、私を決して落とさないように馬の毛を握りながら「凄いな」と呟く。
この速さで落ちると間違いなく死んでしまう。……けど、デューク様の腕の中にいるのも心臓が死んでしまいそうな気がする。
私は必死に冷静を保ちながら、どんどん離れていくラヴァール国の方を振り向いた。
今思えば、不思議な時間だった。
結構な時間をラヴァール国で過ごしたはずなのに、一瞬の出来事のような気がする。
これって、長期留学みたいなものかしら?
国外追放されてから、ここでの生活は全く想像出来なかった。きっと想像を絶するような厳しい状況に耐えなければならないと思っていたけれど、そうじゃなかった。
男装をして、目隠しをした状態で、よくここまで生きてこれたと少しだけ自分を褒めたい。
だって、本来ならラヴァール国で野垂れ死んでいてもおかしくないもの。むしろ、今こうやって生きているのが奇妙なことだわ。
とても充実した楽しい時間だった。まさかおじい様に会えるとは思っていなかったけれど。
ヴィクター、ヴィアン、レオン、リオ、ライ、そしてクシャナ。あ、後、隊長たちも!
素晴らしい出会いが沢山あり、それに心の底から感謝する。
彼らに出会わなければ、私は成長出来なかった。……今も成長できたかどうか分からないけれど。
「面白い国ね」
自然と口元が緩んだ。
刺激しかなかった。デュルキス国も刺激が多かったけれど、ラヴァール国の刺激は新鮮だった。
自分が五大貴族の令嬢であることを忘れることができた。ただの一般人として過ごすことができた。この先、こんなことはもうないかもしれない。
「また戻って来るんだろう?」
「ええ」
デューク様の言葉に頷いた。
今度ここに戻ってくるときは前回とは違う形で戻ることになるだろう。
だって、二回も国外追放っていう手は使えないもんね。もう一度闘技場に放り出されるのはごめんだわ。
私が最も自由だったのはラヴァール国で過ごしたあの瞬間だけだったのかも……。
地位を忘れ、自由奔放に生きたあの時間を私は生涯忘れない。まぁ、もちろんこの先も自由には生きたいけれど!
でもそれは「リア」としてではなく「ウィリアムズ・アリシア」として。