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私はレオンの方へと視線を向けた。
今ここで彼を置いていけない。レオンが私を見る目はどこか優しかった。
「行って下さい、主」
彼はフッと笑みを浮かべてそう言った。レオンの立場から私に「行くな」とは言えない。
自分の役目を放棄して、ウィルおじさんに会いに行くことが許されるの?
……最後にもう一度ちゃんと会いたい。もう何も応えてくれなくとも、会いに行かないと……。
「必ず戻って来るから」
私はレオンの瞳を真っ直ぐ見つめながらそう言った。
「待ってます」
「……クシャナの願いを叶えてから」
「私のことはいい。先に自分の国へ戻れ」
私の言葉に被せるようにクシャナは口を開いた。
どうしてこんなにも良くしてくれるのだろう。私にそこまでの価値はないのに……。
自分のことを過小評価しているとは思わない。令嬢の中ではかなり強い方だと思う。勉強をして、剣術を磨いてきた。
ただ、私には森の女王や一国の王子たちに優しくされるような素質があるとは思えない。
「……私の何が良いの」
誰にも聞かれないように小さな声でそう呟いた。
「一緒に帰ろう」
デューク様の言葉に私は「はい」と短く返答した。
おじい様たちとお別れの挨拶をしなくても大丈夫よね? ……また、すぐ戻って来る予定だし。
私はラヴァール国でまだまだやることがあるもの。
「シーナ、早馬を用意してくれ」
クシャナの言葉にシーナは「承知いたしました」と頭を下げて、その場を離れた。
「私はライに乗って帰ります」
「ここからデュルキス国だとかなり遠いぞ。ライオンにそこまでの持久力があるとは思えない」
「いや、アリシアの魔力を与えているからかなりの距離を走れると思う」
クシャナに対して、私の代わりにデューク様が答えた!
たしかに! ライは普通のライオンと違う。
私を乗せて、この森まで余裕で来れたことを考えると最強のライオンね。
そう思うと、やっぱり魔法ってズルしているような気持ちになる。まぁ、でも、使えるものは使っておこう。
ライが私の方へと近づいて来て、私の足元で頭をこすりつけてくる。
なんて可愛らしいのかしら。威厳のあるライオンがこんなに懐いてくれるなんて幸せなことね。
「…………やっぱり、ライは置いて帰るわ」
私はライを撫でて、暫く考えてから言葉を発した。
え、と皆が私の方へと視線を向けた。
「私の代わりに彼がここで王子たちを守ってくれます」
ライは私の言っていることを理解したのか、反抗することなく私の元をゆっくりと離れた。ヴィクターの方へと足を進めた。
私がまた彼の元へと戻って来ることを確信しているからだろう。
私とライは良き友だもの。信頼し合っているからこそ、任せられる。
「いいのですか?」
驚いた表情を浮かべるレオンに私は「もちろん」と答えた。
「ご用意出来ました」
シーナの声と共に、立派な馬が現れた。
なんて凛々しい馬なの! きっと、この森で最も優秀な馬なんじゃない?
「行くぞ」
私が馬に感動している間に、デューク様はいつの間にか私を持ち上げて私を馬に乗せていた。
また相乗り……。慣れてくるかと思ったけれど、やっぱり慣れない。
「アリシア、素直になることも大切だぞ」
クシャナが私にそう言い終えた瞬間、馬は走り出した。