427 十六歳 ウィリアムズ家長女 アリシア
目が覚めれば、滝の近くにいた。
どうやら私はあの花畑で気絶してしまったようだ。そして、クシャナがこの場所まで運んでくれたのだろう。
私ははっきりと見える彼女を見つめながら、自分の左目が戻って来たことを再認識した、
……夢じゃない。
ぼんやりとしたままクシャナを見つめていると、彼女は口を開いた。
「おかえり」
私の瞳が戻っていること、私の目の周りが赤いこと。それで大体のことを察したのだろう。
クシャナが発した言葉はその一言だけだった。彼女のその声はとても優しく、私を安心させた。
「ただいま」と、私はフッと笑みを浮かべた。
魔力を相当使ったのか、私の体は疲弊していた。精神的にも体力的にも限界を迎えてしまったのだろう。
気だるく、立ち上がる力もない。
「もう少し眠るといい」
クシャナがそう言って、私の瞼にそっと手を置いた。彼女の言葉に甘えて、そのまま瞳を閉じる。
いつもならこのまま眠ることなんてしない。
自分を鼓舞して、眠気なんて吹っ飛ばすのに……。
そんなことを思いながら、私はもう一度眠りについた。
睡眠は凄い。体力と魔力を回復させてくれる。
次に目が覚めた時は、私は完全に復活していた。自分の感情を偽れるぐらいの余裕はある。
私は自分の気持ちに蓋をする。気持ちが溢れてこないように、しっかりと鍵をかける。誰にも悟らせない。
ベッドから起き上がり、ベッドの端に置かれていた服に着替える。
シーナが置いてくれたのかしら……。
「失礼します」と、声が聞こえた。
丁度シーナのことを考えたのと同時に彼女が現れた。
監視されていたの? って思ってしまうぐらいにタイミング良すぎない?
実際、私が動いた気配を読み取ったのだろう。こんな森の奥に住んでいるのだから、野生の勘的なものは私たちよりもあるのかもしれない。
「入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ」
着替え終わり、服をたたみながら答えた。彼女は丁寧に私の部屋へと入って来た。
「お体の方は大丈夫でしょうか?」
彼女の言葉に私は少しだけ言葉に詰まってしまった。
瞳が戻って違和感を抱いたのはほんの少しだけだった。今ではもうこのクリアで広い視界に慣れてしまっている。
それがどこか寂しかった。
「平気よ。ありがとう」
私は表情を作りながら彼女に微笑んだ。
目の周りの熱はもうひいている。一日中寝ていたから、目も落ち着いたのだろう。それに、身体も軽いし。
………………お腹が減った。
どれだけ辛くて悲しいことがあってもお腹はすくのね。
その感覚に自分は人間であり、動物なのだと思い知らされる。生きていることを実感しながら、私はシーナの方を見つめた。
「みんなは?」
「外にいます。……アリシア様のことが心配で皆様、中に入ろうとしていたのですが女王、クシャナが止めました」
シーナの言葉に私はクシャナが私に配慮してくれたのだと気付いた。
クシャナは私が弱みを誰にも見せたくない女だということを理解している。どんな時であれ強くいたい。
それを知っているからこそ、私が沈んでいる姿を誰にも見せないようにしてくれたのだろう。
起きてからも私が自分の気持ちを作れるようにと、中に入って来たのはシーナだった。
クシャナの優しさに私は頭が上がらない。
皆から慕われている人格者であることが少し関わっただけで分かる。
「外へ出ますか?」
シーナは私に気を遣いながらそう言った。