426
「……じっちゃん?」
僕は朗らかな表情を浮かべているじっちゃんをじっと見つめた。
今にも目が覚めそうなのに、もう二度と動くことのないじっちゃん。僕はじっちゃんがこの世を去ったことを理解出来ずにいた。
僕が固まっていると、後ろから声が聞こえた。
「お疲れさまでした」
僕は国王の方へと振り返る。彼は深く頭を下げてじっちゃんに最大の敬意を払っていた。その瞬間、全員がじっちゃんに向かって頭を下げた。
不思議な光景だった。国王と貴族と平民が同じ部屋で頭を下げているのだから……。
誰もがじっちゃんに対して一目を置いていた。じっちゃんならこの国を救ってくれると期待の眼差しを向けていた。
じっちゃんの近くにいれば、誰もが彼を尊敬しただろう。馬が合う合わないはあるかもしれないが、じっちゃんはデュルキス国にとって必要不可欠な存在であった。
この世界へともう一度戻って来たじっちゃんに誰もが期待した。そして、彼が国王になることを願った。
……その願いはもう叶わないけれど。
泣きたい気持ちをグッと堪えようと思ったが、無理だった。
勝手に涙が溢れてくる。僕は遺体にしがみついた。どれだけ抱きしめても、じっちゃんはもう僕を握り返すことはない。
本来なら貧困村の僕が王家の人にこんな無礼な行為をするなんて許されないだろう。
だが、この部屋にいる誰も僕を止めることはなかった。何も言わず泣き崩れながらじっちゃんにしがみつく僕を見守ってくれていた。
あの死と隣り合わせの村で唯一の味方だった。じっちゃんがいたから僕の心臓はまだ動いているんだ。
じっちゃんは歴史に名を残せるだろう。
そして、じっちゃんのことが歴史に刻まれたと同時にじっちゃんはこの国に復讐できる。
じっちゃんを切り捨てたデュルキス国の判断ミスは汚点として伝わっていく。この汚点を残したということが、じっちゃんにとっての復讐だ。
この国は、シーカー・ウィルを罪人にし、その後、彼に助けてもらっているのだ。
じっちゃん、貴方は後世に素晴らしい人格者だと伝わっていくよ。
「兄上」
誰もいなくなった部屋でシーカー・ルークはベッドの上で安らかに眠っている遺体に向かってそう呟いた。
ジルは泣き疲れたのか、ウィルに抱きついたまま寝てしまった。ヘンリがジルを抱えて部屋まで運んで行った。
その場にいた誰もがウィルの死を悼んだ。
ルークは椅子に腰を下ろし、ウィルを見つめながら口を開いた。
「心の準備はしていたはずなのですが、……いざ直面するとかなりキツいですね」
王である限り涙は流してはならないと、ルークは必死に自分に言い聞かせた。
それなのに、どうしてもあふれ出す悲しさを覆い隠すことができない。
「……今この瞬間、……この部屋にいる時だけは、ただの兄弟になってもいいでしょうか」
そう言葉を放った瞬間、ルークは頬に静かに涙が伝った。
「貴方の弟で幸せでした」
それだけ伝えると、ルークはそっとその場を立ち去ろうとした。その瞬間だった。ウィルの首元に何か光ったものが見えた。
ウィルが亡くなったことの衝撃が大きすぎて、今まで気付かなかったのだろう。
不思議に思い、少しの間ウィルの首元を見つめた後、何か確かめるように彼の元へと近づいた。
そっと、ウィルの首元に手を伸ばし、ネックレスを外した。
「…………鍵?」
ネックレスには見たことのない古びた鍵がついていた。