424
ウィルおじさんがその台詞を言った瞬間強い風が吹き、私は思わず目を細めてしまった。
「ウィルおじさん」と私が目を開いた頃には彼はそこにはいなかった。
さっきまで目の前にいたのが嘘のように消えてしまった。その瞬間、彼が幻覚だったということに気付く。
そうだわ……。あんなにリアルだったけれど、ここはあくまでもクシャナの訓練場なのだ。
私は無事に敵を倒せたのかしら。
「あれは倒したとは言えないわよね」
そう呟きながら苦笑した。
きっと、私はウィルおじさんには敵わない。あの器の大きさには誰も敵わない。
ウィルおじさん相手になら喜んで負けを認めるわ。
そう思った時だった。ないはずの左目が疼いた。
……なんだか中二病みたいな状況だけど、本当に左目に違和感を抱く。
「なにこれ」
私は暫く微かな痛みに耐えながら、片手で左目を抑えた。
…………ウィルおじさんが死んじゃう? 本当にあれが最期だったというの?
私はそっと左目から手を離した。左側の景色がハッキリと見える。久しぶりに視界が広がった。
「ウィルおじさん、逝ってしまったのね……」
その事を悟った瞬間、私は花畑に蹲るように涙を流した。嗚咽を上げ、私の泣き声だけがその場に響いた。溢れ出る涙を止めることができなかった。
ウィルおじさん、ウィルおじさん、ウィルおじさん……。
何度も心の中で大好きだった人の名を呟いた。
彼がこの世からいなくなるなんて考えたこともなかった。ずっと、一緒にいれると思っていた。
心がズタズタに引き裂かれそうだった。ここに来て、初めて大切な人を失った。
私はどこかで自分を過信していたのかもしれない。きっと、私なら誰でも救えるのだと……。
ウィルおじさんの優しさにもう二度と触れることはない。あのごつごつした大きな手で頭を撫でてくれることも、あの優しい声で私の名前を呼んでくれることも、何かあっても相談に駆け寄れる場所がなくなってしまった。
私にとってウィルおじさんは私の居場所の一つだった。
常に悪女として生きている私が唯一何も考えずに助けを求めることのできるところだった。
片手で胸元を抑える。この胸の痛みをどうしたら取り除くことができるの。
魔法ではどうにもならないこの痛みを受け止めるしかない。
今、私がウィルおじさんの傍に居れないことが悔しくてたまらない。最後に抱きしめたかった。感謝してもしきれないくらいに、今までウィルおじさんにはお世話になった。
感謝の一つも伝えることも出来ず逝ってしまうなんてずるいわ……。私もまだまだ貴方に言いたいことがあった。
左目に微かなウィルおじさんの魔力を感じた。こんなにも優しくて温かい魔力を感じたことがない。
乙女ゲームでは出てこなかったウィルおじさんがこの世界にとってこの上なく重要な人材だったなんて思いもしなかった。
私は生涯シーカー・ウィルを忘れない。
「あ、なたに……、出会えて、良かった」
顔を上げて、震える声を発した。とめどなく流れる涙を拭いながら、空を見つめた。
私に沢山の愛を与えてくれて、ありがとうございました。