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悲痛な叫び声が一瞬だけ耳の中に力強く響いた。
一生耳に残る聞いたことのないウィルおじさんの若かりし声だと思う。きっと、あの叫び声は目を抜かれた時の声だろう。
私は必死にウィルおじさんの記憶を目に焼き付けようと目を凝らした。
薄暗い牢の隅の方で一人の青年が蹲っていた。
絶望に覆われたその雰囲気に私はただ立ち尽くして見つめることしか出来なかった。
実際、この場にいたとしても私はウィルおじさんに声を掛けることなんてできないだろう。
私はきっと、いつまでたっても自分の無力さを実感し続ける気がするわ。貧困村に初めて行った時もそうだった。ジルを助けられない自分の無力さを恥じた。
人は簡単に「助ける」なんて言うけれど、それがどれだけ難しいか分かっていない人が多い。
その言葉にどれだけの責任を負えるのかもっと自覚した方が良いわ。
……それを自覚すれば簡単に「助ける」なんて言えなくなる。
蹲っているウィルおじさんの元へと静かに近寄った。
過去だと分かっていても、記憶の中だと分かっていても、傍にいたかった。
これがウィルおじさんの最も辛い記憶なら、私はそれに寄り添っていたい。
ただのエゴだけれど、それぐらい私にとってウィルおじさんは大切な人だから……。
「ウィル様」
隣の牢からおじい様の声が聞こえた。
おじい様たちが国外追放される前の様子だろう。ケイト様とマーク様もいるのだろう。
おじい様の声が聞こえているのだろうけれど、ウィルおじさんは何も答えない。放心状態の私と同い年ぐらいの男の子を抱きしめたかった。
「ウィル様、ご無事ですか」
おじい様の心配する声が牢に響く。きっと、おじい様たちも相当な仕打ちを受けているはず。
無傷で国外追放なんてはずはないもの。
「どうか、……どうか死なないでください」
私はこの状況にとてつもなく大きな怒りを覚えた。どうして彼らがこんな目に遭わなくちゃいけないのよ。
なんて惨いことをしたの……。牢は悪党が入る場所でしょ?
怒りを必死に抑えながら、私はウィルおじさんの方を見つめた。
「…………この状況で私にそんなことを言うなんて残酷な人だな」
ウィルおじさんの口から弱々しく小さな声が発せられた。
大切なものを全て失って、挙げ句の果てに両目をくりぬかれ、牢の中に入れられているのだもの。
今の彼に「死なないでください」なんて言葉は、あまりにも酷すぎるわ。
「生きてください」と、おじい様の力強い声が牢に響いた。
まさか、この状況で彼にこんな言葉をかけれるのはおじい様ぐらいだろう。
「……なんの為に?」
「いつかのこの国の未来の為です」
おじい様は即答した。
……おじい様、いくらなんでもそれは心がないんじゃないかしら。
どこまでウィルおじさんに重荷を背負わせるの? ……もう解放してあげてもいいじゃない。
それともそんな考えを持っている私が甘いの?
「私を裏切った国のためにまだ働けというのか」
ごもっともだわ。
どうして自分の人生を無茶苦茶にした国のことを考えないといけないのよ。
私はウィルおじさんに同情した。彼から感じたデュルキス国への怒りを正面から受け取った。
「いつか分かる日が来るでしょう。それがこの国に対しての一番の復讐だということに」
「……今の私には分からない」
「それでいいです。時が経てばきっと私の言葉を理解する日が来るはずです」
おじい様はいつどんな状況でも冷静に物事を分析する力があるのかもしれない。
彼らがおかれている状況は発狂してもいいレベルだ。私が彼らと同じような状況になった場合、こんな風にいられるか分からない。
「どれだけ月日が流れたとしても、私がこの国の為に動くことは決してない」
おじい様はウィルおじさんのその言葉に何も返さなかった。
暫く沈黙が続いた後、「もし」とウィルおじさんはゆっくり話を続けた。
「……もし、もう一度目が見えるようになったら、その時は……、いや、起こるはずのない奇跡だ。そんなことを考えるのはやめておこう」
「……そんな奇跡を起こせる者がいたらどうしますか」
「その時は、私はその者に人生を捧げよう。その者の意志に添い全身全霊を尽くすと約束しよう」
ウィルおじさんは少し顔を上げて、確かな声でそう言った。
私はその場に固まったままウィルおじさんをじっと見つめた。
……嘘でしょ。
じゃあ、あの日、私がウィルおじさんに片目を与えた日にウィルおじさんは私に自分の人生を捧げてくださったのですか?
貴方は、私の夢に人生を賭けてくださったのですか?
「その者がデュルキス国の者であることを願いたいですね」
おじい様がそう言ったのと同時に記憶がプツンと途切れた。